第4回 「お辞儀と握手」

ALOHA!日本では秋たけなわの季節ですね。南北に長い島の日本では、地方ごとに秋の特色も異なる自然豊かな国ですが、この自然の豊かさは正に日本人にとって宝物です。この季節にこそ、大自然の恵みに感謝出来る生活、そんな気持ちになれる体験をお子さんに沢山させて上げて下さい。

さて、皆さんの日常生活での挨拶はやはり会釈やお辞儀なのでしょうね。最近は、躊躇せず手を出して握手する日本人の方も増えてはいるようですが、やはり日本社会の中で日本人とする挨拶は日本の習慣に支配されるのが当然でしょう。ただその習慣を日本人以外の人にも強要したり、日本の外でも期待したりすると、異文化摩擦の原因にもなりかねません。日本国内だけを見ても、日本社会が日本人だけではなく異文化の背景をもつ人達からも構成されており、さらにその人達の数が急速に増えている事実を無視できない今日の状況です。

私の娘たちが日本で幼稚園に通っていた頃、彼女たちの幼稚園では帰宅前に担任の先生と挨拶をすることになっていました。先生の前に園児達が一列に並び一人ずつ先生にお辞儀をしてから帰りました。その光景に疑問をもった主人の要望もあり、娘たちとも話し合って、私どもの娘の挨拶はアイコンタクトをしながらの握手を希望しました。二人の娘の担任の先生は理解して下さり、それ以来お辞儀の列の間に握手が入りこみました。ところがバスの送迎の時に付き添った先生は、担任の先生ではありませんでした。バスを降りて先生に手を出した娘の頭を、いきなり手で押さえつけて下げさせました。その若い女性の先生は、お辞儀だけが挨拶だと思っていたのでしょう。帰宅した娘の不満を聞かされた私は、その先生に説明をいたしました。彼女は素直に理解をして下さり、「色々と教えてくださり、ありがとうございました。」とお礼まで言われました。それ以来娘たちは、その先生とも仲良しになりました。

私が始めて日本を離れたのは30年前、デンマークに留学した時でした。そこでは、みんなが良く抱擁の挨拶をしました。初め私には抵抗がありましたが、3ヶ月もすると慣れてしまいました。しかしこれは、共同生活している学生同士という関係もあったようです。その後スイスで生活した時は、デンマークの学生同士ほど抱擁の挨拶が日常化してはいませんでした。それだけに、スイスの下宿を出る最後の日に、電車の中まで見送りに来てくれた下宿のマダムから抱擁された私は、涙が止まりませんでした。その時まで彼女は日本人の私に抱擁の挨拶を遠慮していたのでした。でも彼女の気持ちを表すのは、やはり彼女なりの挨拶が一番だったのです。気持ちが通じ合えば挨拶のスタイルの違いも受け入れるようになるものですね。それでも日本以外の地で日本人同士で挨拶する場合は、やはりお辞儀です。おもしろいもので、この習慣はお互いに日本人であると認識すると自然に頭を下げてお辞儀をする様になるようです。この場合でも、頭を下げる前に必ずアイコンタクトはあります。

さてハワイでは、首にレイをかける挨拶が一般化しています。レイをかけた後、抱擁するか、頬にキスをするか、又握手になるか、それは相互関係の親密度とケースバイケースによりますが、ハワイに住むとどの人種も自然このスタイルの挨拶に慣らされていきます。レイをかけるのは特別な機会、例えば誕生日、何かの記念日、歓迎の意味、特別な祝い、卒業式、結婚式、等ですが、平日の挨拶はレイなしでの 「ハイ!」と言ったアイコンタクトの挨拶、親しければ抱擁や頬のキスとなります。一般的には、東洋系の人達同士ではスキンシップを伴う挨拶は余り一般化していませんが、若い世代間では人種に関係なく抱擁の習慣が一般化しているようです。ハワイの人達は様々なスタイルの挨拶に慣れており、この点でも寛容的です。私のこちらでの耳鼻咽喉科の専門医師は、インド出身の方(?)なのか、始めて会った時、アイコンタクトの後両手を合掌して頭を下げられました。日本でタイの留学生からこのスタイルの挨拶を受けたことはありますが、合掌の挨拶に慣れていない私はとっさに頭を下げて今回も答えました。世界各地に様々なスタイルの挨拶はありますが、どの挨拶でも挨拶の真心を伝えるためにアイコンタクトは重要な役割を果たしているようです。

ただ挨拶のスタイル以上に気になることは、挨拶も出来ない社会環境に日本がなりつつあることです。私の息子が2歳未満の時、オーストラリアで父親と過ごして父親の挨拶する人には小さな手を差し出し握手をする習慣を身につけました。息子が日本に帰ると、手を出す代わりに「ハロー」とすれ違った人に挨拶をしましたが返事がありません。小さい頭脳で言葉の違いを理解したようで「こんにちわ!」と日本語の挨拶をする様になりましたが、それでも返事が返ってきません。いつの間にか外で挨拶をするのを止めてしまった息子は、3歳のときハワイに来た途端、水を得た魚のように元気に挨拶する習慣を取り戻しました。「見ず知らずの人に話しかけられても答えてはだめだよ。」と教えられている日本の子ども達なのでしょうが、子ども達がしっかりとアイコンタクトをしながら自由に明るく挨拶を交わせられる社会になって欲しいものです。

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ハワイのカーニバル

ハワイには常設の遊園地と呼べるものがありません。日本の遊園地でみかけるジェットコースターやメリーゴーランド、フリーフォールや回転コーヒーカップのような乗り物が楽しめれるのは、資金集めのために催されるカーニバルに移動遊園地がやって来た時です。最も有名な学校でのカーニバルは私立のプナホスクールhttp://www.punahou.eduでしょう。多くの学校のカーニバルはこのシーズン(日本なら秋)ですが、プナホのカーニバルは2月だそうです。又、ハワイ州で最も大規模なカーニバルは毎夏に開催される州のファームフェアです。ここでは乗り物だけでなく、様々な屋台や余興のテントが張られ、農産物の展示会も会場を賑やかにいたします。
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多民族社会ハワイから異文化理解に役立つ情報を発信している スクール ハウス インターナショナルの運営者です。異民族間 結婚の家庭で育つお子さんの生活環境、多民族化がすすむ日本社会 で国際人教育を必要とされている日本の子どもたちの家庭環境を 一日も早く整えるために、自分の体験に基ついて語ります。ご参考にしていただければ、大変嬉しいです。

<ノブコ タカハシ ムーア>
関東学院女子短期大学英文科卒業後、デンマークのInternational Peoples’ College で 23カ国の学生と共同生活をしながら、国際理解、国際平和を学ぶ。帰国後 民間ユネスコ活動に出会い以来30年間日本社会の国際化の最先端で様々な 国際交流プログラムを企画実施する。1993年3人の子どもたちの学校教育の為 ハワイに移民。同年それまでの体験をまとめた「集まれ!地球の子ども達」を出版。 School House International のホームページはこちら>>