旬の食べ物が出始めて、食卓にも春を感じます。普段あまり買い物に出かける方で はないのですが、生活用品を買いに近くの店に出かけたときのことです。会計を待っていると、「レジ袋を使いますか?」と聞かれました。私は財布しか持っていなかったのでレジ袋をいただきましたが、今は「エコバック」というものがあるそうです。持っていくとお店によっては数円差し引いてくれたり、スタンプを押してくれたりするんですね。
そういえば、昔は妻も、買い物に行くときは、竹でできた買い物かごをもって商店街を歩くのが当たり前でした。酒やビールの瓶を酒屋へ持って行けばお金にかえてくれるし、豆腐屋にはアルミのなべを持って買いに行ったものです。
エコバックという言葉に新しさを感じましたが、あれこれ考えてみると、なんてことはない、あの買い物かごも今でいうエコバックで、生活のちょっとした工夫は、昔の当たり前の生活習慣に戻ろうとしている気がします。エコロジーな生活とは、小さ なこと一つひとつの積み重ねが大切で、それは一億円が一円の一億枚でできていることに気づくようなもの。一円を大切にする心が必要なのかもしれません。
エコという言葉と一緒に、もったいないという言葉も最近耳にしますが、昔はよく「もったいない」という言葉を使ったものです。着るものも、食べるものも、学用品も、全てが「もったいない」というのが原点でしたから、新しいものはなかなか手に入らないのが当たり前でした。欲しいという欲望も「もったいない」という言葉には勝てなかったのです。
「もったいない」という言葉を、私なりに漢字にしてみました。「持」「体」「無」で(もつ・たい・ない)と読みます。その意味は…食にあります。
今は暴食の時代で、好きなものを好きなときにいつでも食べられます。それでも日本の国内自給率は低く、最近の小麦粉不足や大豆不足を耳にすると、私はひもじかった時代を思い出してしまいます。みなさんは、ひもじいなんて思ったことはないでしょうし、その言葉すら知らないかもしれません。
ひもじい時代は、食べ物がないから腹がいっぱいになるまで食べることができず、いつも空腹でした。だからこそ、食べ物のありがたみは子供の頃から体に染み付いていました。
食べ物でお腹が満たされると、同時に心も満たされて、元気になる。食が満たされると体が(持)つ。でも、食べ物が無ければ(体)は持たずに(無)くなってしまいます。
だから、もったいないは持・体・無。そんな風に、佐野じぃの言葉遊びで考えてみました。
人は食欲を満たしてくれる食べ物に対して「もったいない」という気持ちで頂くことが大切なのかもしれません。食物は自然からの供与、大いなる恩恵です。おそれおおい、かたじけないという気持ちが「もったいない」という言葉にあらわされているのでしょう。
さてさて、確かに、もったいないことばかりしていると、体が持た無いです。「もったいない」は命を継ぐ言葉ですね。お茶碗についた米粒を一つ残さずきれいに食べてごらんなさい。お皿に盛った料理を残さずきれいに食べてごらんなさい。きっと気持ちがいいと思いますよ。
第3回 おわり |