2005年07月05日

第7回 ごっこ遊びの中で育まれるもの~まとめ~

ここまで、ごっこ遊びの中で育まれる、様々な「力」について、お話してきました。
今回は、まとめとして、実際に私が担任していた5歳児のクラスでのエピソードを紹介したいと思います。

5歳児(年長児)、26名のクラスでした。
12月の生活発表会で、劇遊びをすることになり、どんな劇にしたいか、みんなで相談しました。

「みんなが知っているお話がいい」
「できるだけ、たくさんの人・動物がでてくるお話がいい」
ということで、数多く出された候補の中から、「七匹の子ヤギ」と「シンデレラ」の2つをやることになりました。
一人一人、どちらか自分の出たい方のグループに入ります。
女の子の8割程が「シンデレラ」を希望しました。皆、自分こそシンデレラになれると夢見心地です。

いよいよ役決め。9人の女の子がシンデレラに立候補しました。
私「9人も、シンデレラにはなれないね。」
子ども達「お姉さんとか、魔法使いもいるよ。」「ナレーターだっているよ。」
私「どうする?」
子ども達「ジャンケン?」「うん、ジャンケン!」

9人で工夫してジャンケンをし、だんだん脱落していく女の子たち。でも、すぐに、
「じゃあ、私、ナレーターになるよ。」
「私、王子様にする。いつも、お姫様ごっこの時、王子様やってるから。」
「ねえ、先生、お姉さんも、舞踏会の時、ドレス着るよね?お姉さんにしようか
な。」
などなど、シンデレラになりたかった気持ちを切り替え、自分の役割を見つけていきました。
正直、泣く子が出たり、もっと揉めたりするかも…と覚悟していたのですが、子ども達の心の成長を見せつけられた思いでした。
シンデレラ役の方は、最後にHちゃんとYちゃんの2人が残り、結局Hちゃんが 勝って、シンデレラ役を獲得しました。

ここで、私から一つの疑問を投げかけました。
「シンデレラには、魔法がでてくるよね。ボロボロの服がドレスになったり、か ぼちゃが馬車になったり。どうしようか。」
この時点で、私の中では、「パッと着替えのできる衣装を工夫するしかないかな…」くらいの気持ちだったのですが、一応、このワクワクするような大問題を、子どもたちとも共有してみたかったのです。
すると、N君から、意外なアイディアが出てきました。
N君「誰かがボロボロの服をきていて、パッとドレスのシンデレラと交代するっていうのは?例えば、2番だったYちゃんがボロボロ服を着てさ、ドレスのHちゃんとチェンジするの。」
私「ああ、確かに。それだと、魔法らしく見えるかな?」
子ども達「見える、見える!」
でも、肝心なのは、Yちゃんの気持ちです。一度はあきらめたシンデレラ。しかも、あこがれていたドレスは着られず、ボロボロの服だけなんて。
私「Yちゃん、どうする?シンデレラだけど、ドレス着られないんだよ…。いやだったら、ほかの役でもいいんだよ。」
Yちゃん「いいよ。Y、やるよ。」
N君のアイディア、そして、Yちゃんの決断。周りのこどもたちの温かい雰囲気も含めて、私は感動していました。

この出来事自体は、純粋な意味での「ごっこ遊び」からは、ちょっとはずれているかもしれません。でも、「想像力」「問題解決の方法」「自己コントロール」
などなど、毎日の遊びの中で育まれた一人一人の力が発揮された、素晴らしい場面でした。この子ども達を私は、心から誇りに思いました。

後日談があります。
劇の練習が始まり、その様子を見た他のクラスの先生から、「Yちゃん、あれでいいの?」と心配されました。
私は、事の成り行きを説明し、Yちゃんは、2番目のシンデレラとして、納得してやってくれていることを話しました。
実際、いつもは元気一杯、大きな声のYちゃんが、劇の時は、うつむき加減で
「はい、お母様…」「はい、お姉さま…」
と弱々しい声で話すのです。ぼろをまとったYちゃんが、いじめられるシンデレラになりきっているのです。
でも、同じ心配は、他の大人が見れば、きっと誰もが抱くことでしょう。
私は、職員会議で、他の先生達にも、子ども達の成長した姿だと、とらえてもらえるよう、説明しました。
そして、何より、Yちゃんのお母さんにも!
私が話した時、お母さんはすでにYちゃんから大体事情を聞いていたようで、笑顔で納得してくれました。

そして本番。
魔法で、大柄なYちゃんシンデレラから、小柄なHちゃんシンデレラに変身した
場面は、場内からの温かい笑い声に包まれました。

投稿者 wow : 10:56

2005年05月31日

第6回 ごっこ遊びの中で育まれるもの~その6~

前回、「順番」や「ジャンケン」など、子供の世界の「問題解決の方法」につい
て、お話しました。

でも、そこは子ども。欲しいものは欲しい。イヤなものはイヤなんです。
泣きます。暴れます。はたまた石のように塊ります。
そこを脱する力が、「自己コントロール」する力です。

友達との遊びが楽しくなってくるのは、2~3歳頃からです。
この時期の男の子たちは、「○○レンジャー」などのヒーローごっこが大好きで
す。変身ポーズも格好良くキマリ、なりきって遊びます。
A君「ぼく、レッド!」
B君「ぼくも、レッド!」
仲間遊びを始めたばかりの「○○レンジャー」にはレッドが、3人も4人もいた
りするものですが、それでOK!何の問題もなく、遊びは成り立っています。
ところが、少し年齢が上がってくると、「レッドは1人」という事実に気付き始
めます。

テレビのレッドは1人なのだから、ぼくたちのレッドも1人だけ。ブルーだって、
イエローだって、いなくちゃ「○○レンジャー」になれない。おかしい!

A君「ぼく、レッド!」
B君「ぼくも、レッド!」
以前と同じセリフで、今度はケンカが始まってしまいました。
せっかく、楽しく遊ぼうと思ったのに、ケンカしているうちに、もう遊ぶ気持ち
なんてどこかへいってしまいます。

A君のことは大好きなのに、一緒に○○レンジャーしたいのに、できなかっ
た・・・・・

とても悲しい出来事です。
こんな失敗を繰り返した後、ある時

A君「ぼく、レッド!」
B君「A君、レッドだね・・・ぼく、ブルーにする」
レッドになること(自分の要求を通すこと)と、大好きな友達と遊ぶことを考え
て、友達と仲良くする方を選んだのです。
B君の、レッドも大好きだけど、A君も大好きという想いが、自分の要求・感情を
コントロールする力を生んだのです。

レッドを譲られたA君も、「あれ?」と気付きます。
B君、今日はレッドじゃなくていいんだ。ぼくにやらせてくれるんだ。うれしい
な。

この体験が、今度はA君の、友達が大好き、友達を大切にしたいという気持ちを
育てます。
もうすぐ、A君がB君のために、何か譲ってあげたり、かばってあげたりする場面
も見られることでしょう。

友達との楽しい遊びと、お互いの要求がぶつかりあってのケンカ。
ごっこ遊びは、この繰り返しの上に成り立っています。
そんなごっこ遊びを積み重ねることで、友達を大切にしたい、やさしくしたい、
喜んでもらいたいという気持ちが芽生えます。この気持ちこそが「自己をコント
ロールする力」の糧となるのです。

大人は、「ケンカは悪いこと」と決めつけて、すぐに決着をつけさせたり、謝ら
せたり、見せかけの仲直りをさせようとしてしまいがちです。
また、年齢が上がれば、大人の「謝りなさい」「貸してあげなさい」「我慢しな
さい」といった言葉で、言う通りにできるようになるかもしれません。
でも、これでは、本当の意味で、「自己」を「コントロール」したことにはなり
ません。

子どもの内側から、にじみ出てくるような「自己コントロール」する力。
これこそ、子ども同士のごっこ遊びの中で育まれるものと言えるのではないでし
ょうか。

投稿者 wow : 16:09

2005年05月02日

第5回 ごっこ遊びの中で育まれるもの~その5~

友達との間でトラブルが起きた時、まず「言葉によるコミュニケーション」での解決が大切だということは、前回お話しました。
今回は「問題解決能力」の中の「解決の方法」について、お話します。

例えば、おもちゃや遊具の取り合いになった時、どんな「解決の方法」があるでしょうか。

まず、「早いもの勝ち」。
子どもの世界の原則は、これだと思います。
でも、一人の子が、ずっとそのおもちゃや遊具を占領していたら、トラブルはまた始まります。

「○○ちゃんばっかり、ずるい!」

「貸してって言っても、貸してくれない・・・」

そこで今度は「順番」という方法がでてきます。

「次に貸して。」

「うん。あとでね。」

少し大きい子になると、

「10数えたら、交代して。」

など、時間を区切って交代しようと提案したりも
します。

それから、どうしても決着がつかない時には、「ジャンケン」という方法もでてきます。

「ジャンケンで決めよう。」

「うん。いいよ。」

「ジャンケンポン!」

負けた子「やっぱり、三回勝負にしよう!」

そんな知恵(?)もついてきたりもしますが、何とか公平に、お互い納得できる方法を、子ども同士考え合って、トラブルを解決しようとします。

だから私たち保育者は、子ども同士でトラブルが起こっても、すぐには間に入ってはいきません。耳をダンボにして、横目でチラリチラリ成り行きを見守っています。
「言葉」で「方法」を探りあう子どもたちを、私は素晴らしいと思うのです。

時には、一方的で、あまり公平とは言えない方法にたどり着くこともあります。
大人は一言言いたくなってしまう場面ですが、双方が本当に納得できているのなら、その場はそれでいいのではないかと、私は思います。
それが子どもの世界ですし、因果応報、有利だった子が、逆の立場に立たされる場面もきっと訪れるのですから。
長い目で見て、平等・公平・譲り合いということを学んでいければいいわけです。

ただし、その場合、不利な結末を迎えた子の様子は、しっかりと見届ける必要はあります。
平気そうなら問題はないのですが、不服そうだったり、悔しそうなようすが伺えたら、さりげなく

「どうかした?」

と声をかけます。
満があるようなら、気持ちを汲んで、助け舟を出します。
相手の子に

「△△君は、本当は悔しいみたいだよ。もし、あなたが、そうされた
ら、どうかな?」

ともう一度、その方法について考え直すよう促したり、

「こんな方法もあるよ」

とアドバイスをすることも必要だと思います。

自分たちで考え、時に大人の助けを借りて、子どもたちは、場面に合った公平な「問題解決の方法」を学んでいくのです。

でも、いくら公平な方法が提案されても、どうしても譲れず、泣いたり、強情を 張ったりして、うまく収まらないこともあります。
そこで、次の「問題解決能力」の一つ「自己コントロール」の力が必要になってきます。

このお話は、また次回に。

投稿者 wow : 15:06

2005年04月05日

第4回 ごっこ遊びの中で育まれるもの~その4~

今回からは、「問題解決能力」のお話です。

私たち大人が、子どもたちを育てていく上で、最終的に身に付けさせたいのが、この能力だといっても過言ではないかもしれません。

「問題解決能力」には、
「言葉によるコミュニケーション」
「解決の方法」
「自己コントロール」という、 3つの側面があると考えます。

子ども同士の遊びにトラブルはつきものです。
まして、「ごっこ遊び」は、その設定や配役、ルールまで、子供同士で作り上げていく遊びですから、その過程で は、当然、数々のトラブルが起こってきます。

そのトラブルを通して、周囲の助けを借りながら乗り越えていく過程で3つの力が身についていくのです。

まず、「言葉によるコミュニケーション」です。

3歳位になると、日常会話は、子ども同士でも、かなり成り立つようになってきます。
しかし、いざという時になると、言葉にならないというのもよくあること
です。

友達の持っているおもちゃが欲しくて、「貸して」と言えず、無理やり取ってしまう子・「いやだ」と言えず、黙り込んでしまう子・自分の思い通りになるまで、泣きわめく子・・・・・
等々、珍しい姿ではありません。

そんな時、大人のちょっとした手助けがあると、子どもは、その場面に必要な言葉を身に付けていきます。

「『貸して』って言おうね」

「いやな時は『いやだ』って言っていいんだよ」

「悪いことしちゃったから『ごめんね』って言おう」

その他にも、
『後で貸してね』
『ちょっと待っててね』などの言葉もあります。

初めは、うまく「言葉」で解決できなかった子どもたちも、

「たたいたら、泣かれちゃった。でも、『ごめんね』って言ったら、仲良くなれた」とか、

「『いやだ、いやだー』って言ってたら、だーれもいなくなっちゃった。でも、怒らないでお話したら、ずっと一緒に遊べて楽しかった」

といった経験を繰り返し、友達と楽しく遊ぶのには、「言葉」で伝えるのが大切だと気付いていきます。

そして、5~6歳になった子どもたちは、もっと複雑な気持ちや、事の成り行きを言葉で表現することができるようになっていきます。

「私、本当は、赤ちゃん役がよかったんだよ。でも、毎日、赤ちゃんばっかりでずるいって、○○ちゃんが言うから、今日はやめたんだよ。」

「さきに△△君が使ってたボールなんだから、返してあげなよ。」

など、ただ泣くだけでは、ただ奪ってしまうだけでは、解決しないことを、子どもたちは、ちゃんと学んでいるのです。

次回は、「問題解決能力」の中の「解決の方法」について、お話します。

投稿者 wow : 12:33

2005年03月04日

第3回 ごっこ遊びの中で育まれるもの~その3~

前回は、「物」に対する「想像力」のお話をしました。
今回は、「人」に対する「想像力」=「思いやりの心」のお話です。

「ごっこ遊び」では、皆、自分以外の誰かにならなければなりません。その時、子どもの「人に対する想像力」がフル回転するのです。

お母さん役になった時、「ごはん、残さないでたべるんですよ。」と言います。
普段、自分が言われているセリフですが、自分がお母さんになって、お料理を作って、子どもたちに食べさせる時は、自然とお母さんの心になって「一生懸命作ったごはん、ちゃんと食べて欲しいな」と思って言うのです。

また、ヒーロー役・悪者役になって戦っている男の子たちだって、遊ぶたび、両方の役をやってみるからこそ、「やられっぱなしは、悔しいな」とか「本気でやったら、痛すぎるな」など、相手役の気持ちや立場を想像し、力の加減もできるようになっていきます。

「ごっこ遊び」の中で、いろいろな役になりきって、体験することで、子どもは少しずつ、相手の立場に立って「自分だったら、こう思うだろうな」と相手の気持ちを考えられるようになっていきます。

自分以外の人になる。
その為の「想像力」とは、すなわち、「自分以外の人の心に近づく」=「思いやりの心」なのです。

大人でも、立場の違う相手に真の「思いやり」を示すのは、簡単なことではありません。
でも、素直な子どもの心のうちに、いろいろな役になりきれる「ごっこ遊び」をたくさん経験し、広い思いやりの心が育まれるといいなと思うのです。

投稿者 wow : 18:45

2005年02月07日

第2回 ごっこ遊びの中で育まれるもの~その2~

前回は、「ごっこ遊び」で「イメージの共有」=「コミュニケーション能力」が自然に育まれるというお話をしました。
つぎに、育つ力は「想像力」=「思いやりの心」です。

「想像力」には2種類あると考えます。

一つめは「もの」に対する「想像力」」です。

子どもは、たった1枚の風呂敷でも、自在に変化させて遊ぶことができます。
腰に巻きつければ、ロングスカートになります。
頭にかぶれば、ロングヘア気分にもなれます。
巧みな風呂敷使いで、すっかりお姫様気分の女の子たちは、歩き方・喋り方まで上品になってしまいます。

また、園庭でのままごと遊びでは、自然物が様々なものに変化します。
「せんせー、ごはんできたよ。来て~」と呼ばれていってみると、とても豪華な食事が並んでいます。
砂と小石を混ぜて、器に盛った「栗ごはん」
葉っぱやお花を盛り付けた「サラダ」
小枝に葉っぱを数枚刺して「焼き鳥」
「ケーキ」には、花の種やどんぐりの「フルーツ」が飾られ、葉っぱの「チョコ」に小枝の「ろうそく」が立っています。
小枝2本を揃えて、お箸まで用意してくれてあるのです。

たとえ、立派なままごとセットがなくても、子どもは「想像力」を存分に働かせて、素敵な「ごっこ遊び」ができるのです。

二つめは「人」に対する「想像力」です。

これは、また次回にお話したい思います。

投稿者 wow : 12:29

2005年01月19日

第1回 ごっこ遊びのなかで育まれるもの~その1~

はじめまして。「ゆっこせんせい」こと「さとうゆきこ」と申します。
12年間、保育園に勤務し、たくさんのこどもたちと、たくさん遊んだ経験から、
私なりに気づいたこと・発見したことを、お話していきたいと思います。

園生活のなかで、またはお家の周りで、子どもが友達と自由に遊べる時間や場所は、どのくらいあるでしょうか。
3~5歳になった子どもたちにとって、少~し大人の目から離れて、友達同士の世界でたっぷり遊ぶ時間はとても大切です。

この時期の子どもに不可欠な遊びの一つが「ごっこ遊び」です。
そして、「ごっこ遊び」のなかで自然に育まれる力の一つが、「イメージの共
有」=「コミュニケーション能力」なのです。

例えば、レストランごっこをしようとする時、子どもはそれぞれ自分の体験をも
とに遊びを作っていきます。
「この本、メニューにしよう。」
「うん。はじめに、お水を持ってくるんだよね。」
「ケーキもあるレストランにする?」
「うん、そうしよう。」
「ラーメンもあるよね?」
「ラーメンはないよ。」
「ラーメン、あるよう。食べたことあるもん。」
「それはラーメンやさんでしょ?」
「レストランには、ないかな・・・」
「ないよ。」
「うん、わかった。ラーメンはないレストランね。」
自分の体験と相手の体験は異なるけれども、それを言葉で伝え合い、想像力を働かせ、友達と共通のイメージを作り上げていく・・・そのイメージがピタリと合い、ふくらみを持つと、子どもの遊びは大変盛り上がります。
何十分でも一つの遊びが続くこともありますし、また、次の日も続きを遊びたいと思うでしょう。

こんな遊びの体験をたくさんした子どもは、友達が大好きになり、友達の言葉に自然と耳を傾けることができるようになります。
それが、高いコミュニケーション能力につながっていくと思うのです。

お母さんや先生が、「お友達と仲良くしなさい」「よくお話を聞きなさい」と言
い聞かせても、そういった能力は教え込んで身に着くものではありません。
豊かな子ども同士の遊びのなかにこそ、高いコミュニケーション能力を育む種が蒔かれているのです。

「ごっこ遊び」の素晴らしさは、まだまだありますが、それは、また次回にしたいと思います。

投稿者 wow : 21:29