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2005年05月31日

第6回 ごっこ遊びの中で育まれるもの~その6~

前回、「順番」や「ジャンケン」など、子供の世界の「問題解決の方法」につい
て、お話しました。

でも、そこは子ども。欲しいものは欲しい。イヤなものはイヤなんです。
泣きます。暴れます。はたまた石のように塊ります。
そこを脱する力が、「自己コントロール」する力です。

友達との遊びが楽しくなってくるのは、2~3歳頃からです。
この時期の男の子たちは、「○○レンジャー」などのヒーローごっこが大好きで
す。変身ポーズも格好良くキマリ、なりきって遊びます。
A君「ぼく、レッド!」
B君「ぼくも、レッド!」
仲間遊びを始めたばかりの「○○レンジャー」にはレッドが、3人も4人もいた
りするものですが、それでOK!何の問題もなく、遊びは成り立っています。
ところが、少し年齢が上がってくると、「レッドは1人」という事実に気付き始
めます。

テレビのレッドは1人なのだから、ぼくたちのレッドも1人だけ。ブルーだって、
イエローだって、いなくちゃ「○○レンジャー」になれない。おかしい!

A君「ぼく、レッド!」
B君「ぼくも、レッド!」
以前と同じセリフで、今度はケンカが始まってしまいました。
せっかく、楽しく遊ぼうと思ったのに、ケンカしているうちに、もう遊ぶ気持ち
なんてどこかへいってしまいます。

A君のことは大好きなのに、一緒に○○レンジャーしたいのに、できなかっ
た・・・・・

とても悲しい出来事です。
こんな失敗を繰り返した後、ある時

A君「ぼく、レッド!」
B君「A君、レッドだね・・・ぼく、ブルーにする」
レッドになること(自分の要求を通すこと)と、大好きな友達と遊ぶことを考え
て、友達と仲良くする方を選んだのです。
B君の、レッドも大好きだけど、A君も大好きという想いが、自分の要求・感情を
コントロールする力を生んだのです。

レッドを譲られたA君も、「あれ?」と気付きます。
B君、今日はレッドじゃなくていいんだ。ぼくにやらせてくれるんだ。うれしい
な。

この体験が、今度はA君の、友達が大好き、友達を大切にしたいという気持ちを
育てます。
もうすぐ、A君がB君のために、何か譲ってあげたり、かばってあげたりする場面
も見られることでしょう。

友達との楽しい遊びと、お互いの要求がぶつかりあってのケンカ。
ごっこ遊びは、この繰り返しの上に成り立っています。
そんなごっこ遊びを積み重ねることで、友達を大切にしたい、やさしくしたい、
喜んでもらいたいという気持ちが芽生えます。この気持ちこそが「自己をコント
ロールする力」の糧となるのです。

大人は、「ケンカは悪いこと」と決めつけて、すぐに決着をつけさせたり、謝ら
せたり、見せかけの仲直りをさせようとしてしまいがちです。
また、年齢が上がれば、大人の「謝りなさい」「貸してあげなさい」「我慢しな
さい」といった言葉で、言う通りにできるようになるかもしれません。
でも、これでは、本当の意味で、「自己」を「コントロール」したことにはなり
ません。

子どもの内側から、にじみ出てくるような「自己コントロール」する力。
これこそ、子ども同士のごっこ遊びの中で育まれるものと言えるのではないでし
ょうか。

投稿者 wow : 16:09

2005年05月02日

第5回 ごっこ遊びの中で育まれるもの~その5~

友達との間でトラブルが起きた時、まず「言葉によるコミュニケーション」での解決が大切だということは、前回お話しました。
今回は「問題解決能力」の中の「解決の方法」について、お話します。

例えば、おもちゃや遊具の取り合いになった時、どんな「解決の方法」があるでしょうか。

まず、「早いもの勝ち」。
子どもの世界の原則は、これだと思います。
でも、一人の子が、ずっとそのおもちゃや遊具を占領していたら、トラブルはまた始まります。

「○○ちゃんばっかり、ずるい!」

「貸してって言っても、貸してくれない・・・」

そこで今度は「順番」という方法がでてきます。

「次に貸して。」

「うん。あとでね。」

少し大きい子になると、

「10数えたら、交代して。」

など、時間を区切って交代しようと提案したりも
します。

それから、どうしても決着がつかない時には、「ジャンケン」という方法もでてきます。

「ジャンケンで決めよう。」

「うん。いいよ。」

「ジャンケンポン!」

負けた子「やっぱり、三回勝負にしよう!」

そんな知恵(?)もついてきたりもしますが、何とか公平に、お互い納得できる方法を、子ども同士考え合って、トラブルを解決しようとします。

だから私たち保育者は、子ども同士でトラブルが起こっても、すぐには間に入ってはいきません。耳をダンボにして、横目でチラリチラリ成り行きを見守っています。
「言葉」で「方法」を探りあう子どもたちを、私は素晴らしいと思うのです。

時には、一方的で、あまり公平とは言えない方法にたどり着くこともあります。
大人は一言言いたくなってしまう場面ですが、双方が本当に納得できているのなら、その場はそれでいいのではないかと、私は思います。
それが子どもの世界ですし、因果応報、有利だった子が、逆の立場に立たされる場面もきっと訪れるのですから。
長い目で見て、平等・公平・譲り合いということを学んでいければいいわけです。

ただし、その場合、不利な結末を迎えた子の様子は、しっかりと見届ける必要はあります。
平気そうなら問題はないのですが、不服そうだったり、悔しそうなようすが伺えたら、さりげなく

「どうかした?」

と声をかけます。
満があるようなら、気持ちを汲んで、助け舟を出します。
相手の子に

「△△君は、本当は悔しいみたいだよ。もし、あなたが、そうされた
ら、どうかな?」

ともう一度、その方法について考え直すよう促したり、

「こんな方法もあるよ」

とアドバイスをすることも必要だと思います。

自分たちで考え、時に大人の助けを借りて、子どもたちは、場面に合った公平な「問題解決の方法」を学んでいくのです。

でも、いくら公平な方法が提案されても、どうしても譲れず、泣いたり、強情を 張ったりして、うまく収まらないこともあります。
そこで、次の「問題解決能力」の一つ「自己コントロール」の力が必要になってきます。

このお話は、また次回に。

投稿者 wow : 15:06