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<title>幼稚園コラム</title>
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<tagline>幼稚園ねっとにご登録いただいている各幼稚園のコラムをピックアップ。 </tagline>
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<title>第29回　「近頃の若いもんは･･･」</title>
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<![CDATA[<p>私は、神社の宮司を兼務しています。宮司、というと、氏子さん、お参りにこられる方をはじめ、いろいろな方とお話しする機会があるものです。</p>

<p>あるとき、近所でも評判の、口うるさいおじいさんと境内でお話をしていました。普段から、「近頃の若いもんは、なってない。思いやりの心もない」など、嘆き、というか、怒りというか、そういうことをおっしゃっているおじいさんです。</p>]]>
<![CDATA[<p>さて、話が、ひょんなことから、「悔しかったこと」というものに及びました。</p>

<p>私が、「おじいさん、今までで、一番悔しかったことは、何ですか？」とたずねると、</p>

<p>「そりゃ、おまえ、普段から仲良くしている隣のじいさんが、わしに内緒で、家を建て替え始めたときが、一番悔しかったわい」</p>

<p>とのこと。</p>

<p>私は内心、仲良しなら喜んであげたらいいのに、と思いながらも、また、何かいわれたらかなわないので、話の矛先を変えようと、「じゃ、今までで、一番うれしかったこと、って、何ですか？」と、たずねました。</p>

<p>すると、そのおじいさん、いわく、</p>

<p>「そりゃ、その家が、工事の途中で、火事で燃えたときが、一番うれしかったわ！」。</p>

<p>「近頃のわかいもんは･･･」なんていえないでしょう、といって、笑い話ですますこともできますが、実は、振り返ってみると、私たちの中にも、人の幸福をねたんだり、反対に、不幸を喜んだり、面白がったり、ということはないでしょうか？</p>

<p>子どもたちには、本当の、「他人を思いやる心」「幸せを共有できる気持ち」を持ってもらえるように子育てしたいものです。</p>]]>
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<title>第28回　「慣用句」</title>
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<modified>2007-10-11T00:44:03Z</modified>
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<![CDATA[<p>数日前の京都新聞に、文化庁の調査として、こんな記事が載っていました。「目立つ誤　慣用句」と題して記されていた記事です。</p>

<p>慣用句の中で、<br />
「上や下への大騒ぎ」と使うと答えた人は59％。<br />
「そうは問屋が許さない」と使うと答えた人は24％だったそうです。</p>

<p>上記、二つ、正しくは<br />
「上を下への大騒ぎ」<br />
「そうは問屋が卸さない」<br />
です。</p>

<p>では、みなさんに質問です。<br />
「役不足」という言葉は、どんな意味でしょうか？ </p>]]>
<![CDATA[<p>正解は、「本人の力量に対し、役目が軽すぎる」、です。</p>

<p>もう一問。「気が置けない」の意味は？<br />
正解は、「相手に遠慮をしなくてもよい」、です。</p>

<p>いかがでしたか？失礼ながら勘違いをされていた方もいらっしゃるのではないでしょうか。<br />
ことわざなども、よく会話の中に出てきますが、私もよく使う「三つ子の魂、百まで」。これは正しいと考えています。</p>

<p>しかし、「好きこそ　ものの　上手なれ」ということわざがありますね。でも、「へたの　横好き」というものもあります。両者はまったく反対の意味を表しています。</p>

<p>以前に「問題な日本語」という本がよく読まれましたね。今の若者の間違った言葉の用例が多く紹介されていました。</p>

<p>日本語はとても難しい。そして時代に応じて変わっていくものですが、子どもたちには「正しい」日本語を伝えていきたいものです。</p>]]>
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<title>第27回　「機会の平等・結果の不平等」</title>
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<modified>2007-09-04T00:37:24Z</modified>
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<![CDATA[<p>私はよく、「個性」の話をします。ある一定の型・基本ができた上に、出てくるものが個性だと。</p>

<p>たとえば、デッサンの基本もできていないのに、キャンバスに絵の具を塗りたくり、「僕の作品です」と、画商に売りに行ってもまず相手にされないことでしょう。もちろん、よほどの天才を除いてですが、そんな天才はほとんど現れません。やはり、基本が大切になってくるのです。</p>]]>
<![CDATA[<p>そして、その上で、もちろん個性は、人それぞれによって違ってきます。子どもたちでは、楽器を演奏するのが得意な子、絵を描くのが好きな子、積み木で上手に遊ぶ子、走るのが速い子、思いやりの心を人一倍持った子、上手に手伝いのできる子、などなど。</p>

<p>有名な話ですのでみなさん、ごぞんじかと思いますが、ある学校で、運動会の時、徒競走でスタートの時、竹の棒を持って走り出す、ということが行われていました。みんなが、平等にゴールするため、差別をなくすためだそうです。「ヨーイ・ドン！」で、一直線で走り出し、仲良く一緒にゴールする。</p>

<p>これはおかしなことだ、と思うのです。前述のように、個性にはいろいろなものがある。走るのが速い子もいる、遅い子もいる。それは、差別などではありません。第一、そのような徒競走を見ていて楽しいわけがありません。</p>

<p>社会は、やはり「機会の平等・結果の不平等」で成り立っているものなのです。子どもたちにももちろん機会を平等に与えなければならない。しかし、個性はさまざまです。出てくる結果もさまざまでしょう。よい個性は伸ばし、悪いものはおさえていく、それが教育であり、子育てなのです。<br />
</p>]]>
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<title>第26回　「おのが姿をうつしてもみよ。」</title>
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<modified>2007-07-10T00:32:02Z</modified>
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<![CDATA[<p>私は、京都の大学を出てから、神社の神職の免許を取るために、東京の國學院大學の「専攻科」という、1年間、みっちり神職になるための勉強と修行をするところに通いました。</p>

<p>入学していきなり明治神宮に放り込まれ、早朝からふんどし一丁で、禊（みそぎ）と称する水浴びで身を清め、社殿の雑巾がけ、それからおかゆの朝食、講義、作法の練習など、大学時代には比較的のんびりと暮らしていた私にとって、まさにカルチャーショックのような「修行」でした。</p>]]>
<![CDATA[<p>そのときうけた講義の中で、次の一句が今でも心に残っています。</p>

<p>立ち向かう/人の姿は鏡なり/おのが姿をうつしてもみよ</p>

<p>立ち向かう人の心の中には、自分自身の心が映っているのだ。だから、素直でやさしい心で対すると、相手にもそれが伝わり、やさしい心と物腰で対してくださる。しかし、険悪で嫌味な心で接すると相手もまた、険悪な心と態度で相対するものだ、というような意味です。</p>

<p>私たちは、さまざまな人との出会いの中で生きています。自分の気の合うタイプの人の時は、すぐに打ち解けることができるものです。</p>

<p>しかし、「苦手なタイプだな」「いやな人だな」と感じる人は、おのずと接するのを避けたりするものでしょう。</p>

<p>でも、そのような人とも前述の、「おのが姿の鏡」だ、という考えで接してみる、このこともとても大切なことだと思うのです。</p>

<p>自分に合う人だけが回りにいるわけではありません。時には合わないと思われる人とお付き合いをする必要も出てくる、こんなことも子どもたちにうまく伝えていきたいですね。 </p>]]>
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<title>第25回　「空気に感謝する」</title>
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<modified>2007-06-07T00:43:54Z</modified>
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<![CDATA[<p>水道の栓をひねると水が出る。ガス・コンロのスイッチをひねると火がつく。当たり前のことように行っていること、日常生活の中にたくさんありますよね。</p>

<p>家族がいて、当たり前、友だちがいてあたりまえ。でも、考えてみると、当たり前のように思っていることに、本当に感謝しなければならないことが多いことに、実は気づくのです。</p>]]>
<![CDATA[<p>私たちは、生きるためには空気を吸わなければならない。でも、普段はそれを意識していません。<br />
　　<br />
地震などの自然災害にあったときにはおそらく痛感することなのでしょうが、食べ物ももちろん、水もなければ生きていけない。</p>

<p>空気や水や食べ物などだけではなく、私たちの身の回りには、家族や友だちをはじめ、たくさんの人たちがいて、私たちの生活を支えてくださっています。「お金を払って」、という資本主義の世の中だからでしょうが、本当は、どんなことも「してもらって」生きているのです。</p>

<p>環境問題も最近取り上げられることが多くなりましたが、自然の力で生かされていることが本当はとても大切で、私たちが今、気づかなければならない最も大事なことなのかも知れません。</p>

<p>地球温暖化、CO2の排出規制、などなど、たくさんのことが問題視されています。日本に暮らす私たちには、まだまだ「対岸の火事」のようにしか、とらえられない面があるのかも知れませんが、地球規模では大変に深刻な問題が起こってきています。海水の水面がこれから上がってきたら、オゾン･ホールがこれ以上、広がったら。</p>

<p>目に見えない、そして普段意識も感謝もしない「空気」に対しても感謝の気持ちを持つ。今からとても大切なことになるのかも知れません。</p>]]>
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<title>第24回　「いただきます、という挨拶」</title>
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<modified>2007-05-08T00:49:04Z</modified>
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<![CDATA[<p>生活の四大原則で、一番に「挨拶をする」をあげています。<br />
おはようございます、こんにちは、こんばんは、などの一般的な挨拶、それから、ありがとう、などのお礼の言葉も含まれます。</p>]]>
<![CDATA[<p>食事をするときの「いただきます」もこの挨拶に、もちろん含まれます。<br />
幼稚園では給食などの食事を食べるとき、「いただきます」といってから食べます。ご家庭でもそうされていることと思います。</p>

<p>ところが、先日、こんな話を耳にして驚きました。</p>

<p>ある小学校で、「給食費を払っているのに、なぜ『いただきます』といわせなければならないのか」という保護者がいたそうです。費用を払っているのだから、食べて当然ということなのでしょうか？これは違うと思いませんか？</p>

<p>いただきますという言葉、これは、食べ物、つまりお米や野菜や肉などの食材、それらの命をいただいているということなのです。<br />
その命をいただいて人間は生きていくことができるのです。</p>

<p>だから、食べ物に対する感謝の気持ちを込めて、「いただきます」と言ってから食べ、いただいたあとは「ごちそうさまでした」と挨拶をするのでしょう。<br />
生きとし生けるものに対する感謝の心、命への尊厳の心、これを忘れてはいけません。森羅万象すべてのものの「おかげさま」で人間は生かされているのです。<br />
食べ物に対しても、「いただきます」と感謝の心を込めてその命をいただく。 </p>

<p>小さなことかも知れませんが、とても大切なことだと思うのです。</p>]]>
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<title>第23回　「ともに子育てをする」</title>
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<modified>2007-04-02T01:11:46Z</modified>
<issued>2007-04-02T01:07:37Z</issued>
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<![CDATA[<p>　「米川さん、保護者の方々のご協力が、幼稚園には、絶対必要なのです。ともに子育てをするのが幼稚園なのですよ」</p>

<p>　以前、長野県の白百合幼稚園に、橋上先生と一緒に見学にうかがった折、園長先生から聞かせていただいた言葉です。</p>]]>
<![CDATA[<p>　幼稚園によっては、できるだけ保護者に負担をかけないようにすることによって入園希望者を募っていらっしゃるところもある。</p>

<p>　言葉が適切ではない、とご指摘を受けるかも知れませんが、私はいつもこういうのです。「幼稚園は断じて『コインロッカー』ではない」</p>

<p>　子育て支援、はしていくべきです。しかし、私は、子育て「放棄」支援はしたくない。子育て支援の目的は、決して子育てを「楽」にすることでは、ない。子育ては、みなさま十分ご承知のとおり、「しんどいもの」です。決して楽ではない。それは一人の人間を育てる、という、とても重要で、大切で、大変な「一大事業」です。楽なわけがありません。</p>

<p>　私は、子育ては、「しんどいけど、楽しいな」、と思っていただく、そのようにかかわらせていただくことが、幼稚園のできる、最高の子育て支援だ、そう考えているのです。</p>

<p>　保護者の方と私どもが「ともに子育てをする」、それが幼稚園なのです。</p>]]>
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<title>第22回　「『議論』が鼻につく今日この頃。」</title>
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<modified>2007-01-22T00:56:56Z</modified>
<issued>2007-01-22T00:53:26Z</issued>
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<summary type="text/plain">　テレビなどを見ていると、いろいろな人の会話の中に、「議論」という言葉が多いこと...</summary>
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<![CDATA[<p>　テレビなどを見ていると、いろいろな人の会話の中に、「議論」という言葉が多いことが、最近とても気になっています。以前から、なのかも知れませんが、特にここ数年、よく耳にするようになってきたように思えます。</p>]]>
<![CDATA[<p>　特に政治家の方々の発言に多い。</p>

<p>　「この問題は、もっと議論をする必要があると思います」</p>

<p>　「議論を深めていくことが大切だと思っています」などなど。</p>

<p>　もちろん、重要な問題について議論することはとても大切なこと、です。議論することなしに、独断専行したり、軽薄な決断をしたりして、政治を進められては困ることもあるでしょう。</p>

<p>　しかし、私は言いたいのです。「何でもかんでも『議論、議論』してもらわなくてもいい。それより拙速で構わないから、即、『行動・実行』してもらったほうがいいこともある」、と。</p>

<p>　私たちが、生きている社会は、何事も議論や相談をしてばかりで進んでいくわけではありません。もちろん、衆知を集めることは大切なことです。でも、「あれこれ考えていても仕方がない。とにかく、すぐやろう！」と、進めていくこともたくさんありますよね。そして、そのほうが結局よかった、ということが多い。</p>

<p>　議論、議論、と、問題と自分の責任を先送りにする、そんな考えが見え隠れしているように思えてならないのです。</p>

<p>　子どもたちにも、みんなで相談して決めることの大切さ、と同時に、自分の責任の下に、決断して、即、行動する勇気をも伝えていきたい、と常々思っています。 </p>]]>
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<title>第21回　「日本の、本当の「和」の心って？ 」</title>
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<modified>2006-12-11T01:12:04Z</modified>
<issued>2006-12-11T00:55:52Z</issued>
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<summary type="text/plain">　「和」の心とは、決して確立されたものではなく、どの時代のものとするか、で、まっ...</summary>
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<![CDATA[<p>　「和」の心とは、決して確立されたものではなく、どの時代のものとするか、で、まったく異なってきます。<br />
　今、一般に言われている「和」の心は、おおむね室町時代のものになるでしょう。</p>]]>
<![CDATA[<p>　応仁の乱で焼け果てた京都の町が再生し、禅の思想が流れ込み、朝鮮半島や中国大陸からの唐物と交じり合い、「わびさび」というひとつの「文化」を作り出した。「妖艶・幽玄・粋・伊達・数寄」もあったけれども、それまでの「もののあはれ」はその中に昇華吸収されていきました。その後、「わびさび」は何百年を経て、さまざまに変容し、時代の波に洗われてきました。</p>

<p>　そして、決定的な二つの出来事が、幸か不幸か、それを確実に変質させてしまう。同時にわれわれ日本人をも変えてしまったのです。伝統はその時点で、不易流行の活力を失い、単なる「鑑賞の対象」となってしまったのです。</p>

<p>　そのひとつは、「明治維新」。西洋列強に対峙するため、維新政府は、日本の伝統を洗練する必要がありました。<br />
　オカルト的なもの、西洋に恥じると感じられる物事、風習、習俗、文化にふたをして、抹殺してしまった。「和魂洋才」という標語のもとに。</p>

<p>　ついで大東亜戦争での敗戦です。GHQの占領政策でさまざまな日本文化が失われ、同時にわれわれ日本人自身が、自ら捨て去っていってしまいました。</p>

<p>　今、われわれは、「和の心」を取り戻そう、としています。ですが、間違っても、ニセモノの評論家や学者や骨董屋や、さまざまな「家元」と称する人たちに、それを求めてはならない。<br />
　その人たちの説く「和」は、偽りの和でしかないからです。</p>

<p>　自らの手で、「和」を取り戻してほしい。答えはみなさんの内にある、そしてそれを子どもたちに伝えていってほしいのです。</p>]]>
</content>
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<title>第20回　「今、本当の『進化』を遂げる時です。」</title>
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<modified>2006-10-17T00:42:33Z</modified>
<issued>2006-10-17T00:35:26Z</issued>
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<summary type="text/plain">　川の上空にトンビが飛んでいます。川にパンを投げると見事なグライダー飛行でそのパ...</summary>
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<![CDATA[<p>　川の上空にトンビが飛んでいます。川にパンを投げると見事なグライダー飛行でそのパンをつかんで飛び上がっていくのです。</p>

<p>　その様子を何度か見て、ふと考えてしまいました。<br />
「なぜ、食べられるものだとわかるんだろう？」<br />
と疑問に思ったのです。</p>]]>
<![CDATA[<p>　川には木の葉や木の枝も流れているのです。遠めに見ると、私には区別ができない。なのに、トンビはそれにはまったく目もくれず、ただ、パンだけは、確実に取りに降りてくるのです。</p>

<p>　人間は、哺乳類の一種から、サル、そして人間へと「進化」してきた、といわれます。その過程でさまざまな道具を作り出し、「文明」といわれるものを発展させてきました。しかし、それと引き換えに、動物として本来持っている能力を失ってきたのではないでしょうか？</p>

<p>　ライオンは、そのえさとなる動物が、絶滅することのない範囲で捕らえる、という話を聞いたことがあります。その他の動物も、「自然の生態系」という規則を、本能的に守り、保っているのだそうです。人間はその規則を、文明の発展とともに壊し続けてきました。</p>

<p>　それが、今の地球温暖化や過剰な森林伐採による環境破壊、動植物の種の絶滅の原因になっています。本来本能的に持っていた生態系を守る能力、感覚を、文明と引き換えに失っていった結果だといえると思うのです。それは実は「進化」ではなく「退化」であり、「発展」ではなく「破壊」ではないでしょうか。</p>

<p>　今、大自然の摂理ともいえる生態系の規則、失ってしまったその第六感を意識して取り戻し、自分たちの生きるこの地球環境を、再び自然なものに戻していくことが大切なことだと思えるのです。</p>]]>
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<title>第19回　「Yes, No」をはっきり言わない誇らしい国、日本。</title>
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<modified>2006-08-08T02:16:07Z</modified>
<issued>2006-06-21T11:30:19Z</issued>
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<summary type="text/plain">　諸外国、特に欧米から、「日本人はYes, Noをはっきり言わない」と批判を受け...</summary>
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<![CDATA[<p>　諸外国、特に欧米から、「日本人はYes, Noをはっきり言わない」と批判を受けます。「これでは国際社会で通用しないぞ」、とまで言われます。</p>

<p>　さらに、多くの日本人の評論家もこれに同調して、「グローバル・スタンダードの時代に、Yes, Noをはっきり言わない日本は通用しないのです」などとの発言を繰り返している。</p>

<p>　これはみなさんもよくご存知で、そして「そうか、日本人、って、ダメなんやなぁ…」という印象をもたれている方も多いかも知れません。</p>]]>
<![CDATA[<p>　しかし、しかし、です。私は、はっきりと申し上げます。<br />
　「Yes, Noをはっきり言わないのがなぜ悪い！」と。</p>

<p>　私たち日本人は、何千年の歴史の中ですばらしい文化をはぐくんできました。そしてその中で、物事を断る時に「またにしておくなはれ、考えておきます、今回は遠慮しておきます」という断りの言葉を生み出し、日常使用してきました。</p>

<p>　これは、相手に気遣い、やんわりと断る、「婉曲話法」という、優れた「断りの言葉の文化」なのです。</p>

<p>　「郷に入っては郷に従え」。もし、諸外国が日本で商売をするならば、まず、英語を押し付けず、日本語を、そして日本の文化・風土・国民性を勉強し、理解し、それから商談を始めるべきです。「考えておきます」は「No」だ、と知ってから商談に臨む、これが礼儀であり国際交流の基本だと思うのです。</p>

<p>なのになぜ、欧米の常識や考え方を押し付けられなければならないのでしょうか？</p>

<p>　冒頭の評論家に「あなたも日本人でしょう？そんなに日本がいやなら、国籍を変えたらどうですか？」とたずねたら、「うーん、考えておきます」。</p>

<p>　日本の文化に、みなさん誇りを持ちましょう!</p>]]>
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<title>第18回　自由と規律</title>
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<modified>2006-08-08T02:16:34Z</modified>
<issued>2006-06-02T02:12:02Z</issued>
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<summary type="text/plain">　私はある会で、世界的脳神経外科の権威の先生とご一緒させていただいています。 　...</summary>
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<![CDATA[<p>　私はある会で、世界的脳神経外科の権威の先生とご一緒させていただいています。</p>

<p>　先週の木曜日、偶然、会合で隣に座らせていただいたので、常々疑問に思っていたことについてご教示いただきました。</p>

<p>　まず、いつも皆様にお話ししている、「脳の発達曲線」のグラフについて尋ねました。</p>]]>
<![CDATA[<p>　私は、</p>

<p>「『０から６歳ごろまでに、脳の基礎的な配線は、その９０％を終える。このため、幼児期はとても大切な時期だ』と考えています。いかがでしょうか？」</p>

<p>との問いに、先生のお答えは、「その通りですよ」。</p>

<p>　そこで、「ところが、先生、最近『３歳児神話』は崩れた、などと言う人がいますが、これはどうなのでしょう？」と尋ねました。</p>

<p>すると先生は、「４歳ごろまでが大切な時期なので、それはおかしいよ」と教えてくださいました。</p>

<p>　話は自由・個性・権利尊重教育の現状とその非現実性に及び、いろいろとご教授いただきました。</p>

<p>　たとえばご両親が、「幼児期は自由に育てることが大事」と子育てをなさっているとしましょう。そう主張される方に、私はこう尋ねています。</p>

<p>「それは結構なことですね…。では、子どもが赤信号を無視して、『自由』に渡ろうとしたら、どうされますか？」</p>

<p>　今まで、それでも自由に渡らせる、と答えられた方にであったことはありません。つまり、いつも申し上げている通り、「自由には規律」が、<br />
「個性には基本」が、「権利には義務」が伴う、それを無意識にはご存知なのです。</p>

<p>　しつけや礼儀作法、社会的基本ルールは、自由を保護・保障するための最低限の規律です。</p>

<p>　それを「押し付け」と排除するのは、はなからおかしいことなのです。</p>]]>
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<title>第17回　「忘れる」と「記憶していない」は違う！ </title>
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<modified>2006-08-08T02:16:59Z</modified>
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<summary type="text/plain">　幼稚園で毎日繰り返し行っているルーティーン（日課活動）、いろんな動植物、絵画、...</summary>
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<dc:subject>かすが幼稚園</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　幼稚園で毎日繰り返し行っているルーティーン（日課活動）、いろんな動植物、絵画、俳句、論語などなど本当に多種多彩にわたっています。先月書いた、BOI(Bit Of Intelligence)を増やすのがこの活動の目的です。</p>

<p>　さて、お母様はじめ保護者の方から、「子どもって、結構いろんなことを覚えますけど、すぐに忘れてしまいます」という声を聞くことがあります。確かに、すぐ忘れてしまうかも知れません。でも、「忘れる」ということと、「記憶していない」ということは根本的に違うものなのです。</p>]]>
<![CDATA[<p>　あるものを見たとき、視覚を通して脳に入り、最終的には「海馬」といわれるところに、すべて記憶として残されていきます。</p>

<p>　例えばこんな経験を、誰もがおもちではないでしょうか？初めての場所に一泊で家族旅行に行った。いいですねぇ。温泉に入ってゆっくりくつろぐ。楽しい時間はあっという間にたってしまう。</p>

<p>帰りの電車で、ぼんやり窓の外を眺めていると、「あ、この看板、昨日、行きに見たな。この景色、覚えてる。この駅、この踏み切り、そうそう行きに通過したな」。</p>

<p>　いかがですか？行きの電車の車窓から、「この風景、看板を覚えておかなければ…」というわけではないにもかかわらず、記憶には残っている。</p>

<p>　これが本当の意味での「記憶」なのです。付け加えれば、イメージ・感性を主に司る「右脳」の働きなのです。</p>

<p>　6歳までの幼児期は、特にこの能力が優れて活発に働く時期です。子どもたちは「忘れる」かも知れませんが、「記憶」にはしっかりとそのイメージや情報は残っているものなのです。</p>]]>
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<title>第16回　「生きる力」、園長の考え方</title>
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<modified>2006-08-08T02:17:23Z</modified>
<issued>2006-04-24T08:24:41Z</issued>
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<summary type="text/plain">　「生きる力を育む教育」。文部科学省が打ち出し、その延長のひとつが「ゆとり教育」...</summary>
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<![CDATA[<p>　「生きる力を育む教育」。文部科学省が打ち出し、その延長のひとつが「ゆとり教育」でした。</p>

<p>　まず「ゆとり」を、と、量的・質的に教える内容を減らした。<br />
その結果、生きる力を育むどころか、基礎学力の驚異的な低下をまねき、さらに命を「殺傷」する子どもをも育ててしまうことになった、みなさんもよくご存知のとおりです。</p>

<p>　先日、ある小学校の先生が、<br />
「お役人の『机上の空論』ですわ。現場のことを何もしらない」と<br />
嘆いておられましたがまったく同感です。</p>]]>
<![CDATA[<p>　さて、かすがようちえんでは、「生きる力」とは、つまるところ「問題解決能力」だと考えています。</p>

<p>　わかりやすく説明しましょう。</p>

<p>　たとえば、バトミントンをしていて、誤って屋根に羽根が乗ってしまった（①問題の発生）。<br />
　羽根をとる方法を考える（②検討）。<br />
　考え付いたさまざまな方法を、最善の方法で試みる（③実行）。<br />
　うまくいかなければ修正する（④修正・変更・調整）。<br />
　羽根を取ることができた（⑤解決・適応）。</p>

<p>　これが、すべての「問題解決」の手順です。そして、この中でもっとも大切なものが、「②解決法の検討と④修正・変更・調整」だと考えます。 </p>

<p><br />
 それを多種多彩に、数多く考え出す能力がもっとも大切だ、そう考えているのです。</p>

<p>　その要素の単位をBOI（Bit Of Intelligence）つまり「情報・知識の粒」と呼んでいます。毎日のルーティーンで、子どもたちが「ビーオーアイ！」といっているものもこのひとつです。</p>

<p>　これが多ければ多いほど、その組み合わせのパターンが累乗的に多くなり、問題解決にいたる「方法の選択肢が多くなる」＝本当の意味で「賢い」＝「生きる力が豊か」に育つ、そう私は考えています。 </p>]]>
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<title>第15回　気骨のあるおじさん </title>
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<modified>2006-08-08T02:17:46Z</modified>
<issued>2006-03-22T01:57:14Z</issued>
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<summary type="text/plain">　私はテレビをほとんど見ません。ですが、先日、なんの番組だったか、偶然目にして、...</summary>
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<dc:subject>かすが幼稚園</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　私はテレビをほとんど見ません。ですが、先日、なんの番組だったか、偶然目にして、おもしろいな、と思った場面がありました。</p>

<p>　現在の子どもの問題を取り上げて議論するような内容だったと記憶していますが、あるタレントがこんな話をしていました。</p>

<p>「電車に乗っているとき、化粧直しをし始めた女子高校生がいた。隣に座っていたおじさんが、『人前で化粧なんかするもんじゃないぞ』」とたしなめたそうです。</p>]]>
<![CDATA[<p>　私は、「ほぉ、何とそういうことを言える気骨のある人がまだいたんだな」、と感心して聞いていました。すると、そのタレントが続けて「その直後、そのおじさんの携帯電話がなって、『はい、もしもし。あー、いつもお世話になっております…』って」。</p>

<p>　会場も爆笑、私も爆笑、というか苦笑してしまいました。</p>

<p>　善悪、というものの判断は、本当にむずかしいものです。時代の流れ、そのとき、場所、状況によっても、地方、個人によっても違ってきます。</p>

<p>　例えば、車からタバコの吸殻をポイ捨てする人もたくさんおられます。その人が、それを「悪」と思っていらっしゃらないのでしょう。でないと、あんなに堂々と捨てられません。私はよくないことだ、と考えています。</p>

<p>　かくいう私も、知らず知らずのうちに「悪」を行っていることと思います。しかし、自分では気づいていなことも多いと思うのです。</p>

<p>　みなさん自身も、また、子育てについても、善悪の基準を再確認していただくことが大切なことかもしれないな、と思う今日この頃です。</p>

<p>自戒の念も込めて…。 </p>]]>
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