2006年04月24日
第32回 「幼児虐待」
ALOHA! お子さまが幼稚園に入園さらた皆様、ご入園おめでとうございます。
日本では桜も終わり、春の花々が次々と春を謳歌して咲き乱れている頃だと思います。3月の終わりに、私も日本の桜の花を満喫してきました。
ホノルルに戻ると、日本で浴びた小春日和が恋しくなるほど、不順な天気が続いています。
公私共に忙しく、3月号のコラムは休ませていただきました。悪しからず。
今回は余り好ましくないタイトルがついていますが、幼児虐待がアメリカでも日本でも増加している事実をご理解いただくために、そして理解した上でいかに避けられるかを皆様と考えてみたいと思います。
私の小学校1~2年生の頃の記憶に鮮明に残っている、ある出来事があります。
当時、我が家の庭には鶏が放し飼いになっていました。その日、なにか面白くないことがあった私は、飼っていた犬に必要以上に八つ当たりをして、犬のポチは私の側から逃げ出しました。暫くしてポチの行方を捜すと、今度はポチが庭でのんびりと遊んでいた鶏たちを必要以上に追いかけ回していました。いつもは一緒に仲良くしているポチと鶏たちなのに、突然のポチの奇襲に鶏たちはパニックを起こしてけたたましく騒ぎ、ついに屋根の上にまで舞い上がりました。
空を飛ぶ鶏を目撃した私は、唖然となりました。その騒動は、私がつまらぬことに腹を立てて巻き起こした騒動だった訳です。怒りは連鎖反応を起こし、弱いものに向かって発せられる事実を知りました。
3人の子どもの母親である私は、子育ての時期に同じような体験をしたことが幾度もあります。子どもを必要以上に怒る時、自分の心の中に落ち着かない何か気になる要因が必ずあります。自分自身でさえ気ずかないのに、まして子どもが親の心の中まで知るはずはありません。子どもは混乱し、親からの愛情さえ疑います。大人だったら相手の気配を察して言葉のかけ方や気つかいもあるかもしれませんが、子どもはそんな配慮はせずあくまでも自分を守ろうとします。
その結果益々意固地になって反発をしたり、反抗的な態度をとります。
それによって、益々親の感情が逆流すると、今度は態度に現し子どもに手をあげたり物を投げたりする行為に発展するようです。これはまさに「幼児虐待」の始まりです。私は幸いにも、自分の怒りが幼児虐待まで発展したことはありませんが、冷静になると「さっきは何であんなに子どもに怒ったのかしら?」と反省させられることは幾度もありました。他のお母様がたからも同じような体験を良く伺い『眠っている我が子に、ごめんなさい』との愛言葉もありました。
子育てによって生まれるストレスもありますが、他のストレスが幼い子どもにぶつけられるケースもかなり多いようです。ですから、親業の大事な心得の一つに、自分のストレスを自分でコントロールする術を備えなければなりません。
子どもを育てることによって人格が丸くなる(穏やかになる)とは、正にこの結果なのです。
子どもは本来ストレスを吸収してくれる宝物です。子ども達の屈託のない笑い声や素直にキラキラ輝く瞳は、大人の世界の雑事に追われて緊張している親の心に癒しをもたらしてくれるはずです。それにも関わらず、何かの感情のずれから
子どもに怒りを抱いた時は、すばやく自分の怒る感情を分析して見て下さい。
その怒りが子どものした行為によって起こったものであるならば、その理由をきちんと子どもに解るように伝えるべきです。このときこそ、物事の善悪の基準を教える良い機会です。その結果、子どもが学び誤ったならば、その謝罪もしっかりと言葉や行動に現して受け取るべきです。
もしも、自分の怒りが子どもではなく他の要因であるならば、子どもに素直に謝るべきです。大人のエゴからこれがなかなか出来ませんが、子ども達にも大人も感情のある人間であることを知ってもらえます。
変化の激しい現代社会は、大人たちにとってストレスの多い社会でもあります。
それ故に、自分のストレス管理は重大責任です。仕事を離れて自分の世界をもつこと。その方法論はこちらハワイでも良く論じられています。
皆様も自分にあった方法を色々とお持ちだと思います。
私ですか? 空を飛ぶ鶏の悲鳴を思い出しては、自分への教訓にしています。
そして、毎日その日に合った(時間、場所、気分などに応じた)ストレス開放法を利用しています。
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お知らせです。![]()

スクール ハウス インターナショナルhttp://www.shihawaii.com より、
「異文化理解のすすめ第一巻」が発行されました。ホノルルの博文堂書店で販売しておりますが、インターネットでの販売は部数の都合で中止となりました。
つきましては、このコラム購読者の皆様に、日ごろよりのご愛読に感謝して5名様に「異文化理解のすすめ第一巻」を無料贈呈いたします。ご希望の方は;
1.お名前
2.郵送先の住所と郵便番号
3.‘ハワイからの地球人学級’のコラムへのご感想
をお書きになってインターネットで4月30日(ハワイ時間)までに
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お申し込みの際Subject/タイトルには「幼稚園ねっとコラム購読者」とご記入下さい。
皆様からのお申し込みをお待ちしております。
投稿者 wow : 16:26
2006年02月24日
第31回 「多民族化する日本社会の子ども達」
ALOHA! 雨季のハワイですが、雨は降らずに日本の梅雨のようなうっとおしい曇り空が続いています。日本も全国的に温度差の激しい不安定な気候の冬ですね。
日本からまたまたショッキングな事件のニュースが届きました。幼稚園児が、安全の為に幼稚園に車で送られるその車中で、送迎の当番であった同じ幼稚園児の母親から殺害されるとは、、、、一体誰を信頼したら良いのか解らなくなります。可愛い盛りのお子様を亡くされた親御さん達の悔しさは、海より深いことでしょう。亡くなられたお子様達のご冥福を祈ると共に、親御さん達の心の痛みに心よりご同情申し上げます。
長い間単一民族と信じられていた日本社会ですが、約30年前私が欧州留学から帰国して民間ユネスコ活動を始めたとき調べた資料では、日本で外国人登録をしている人達の国籍は韓国・朝鮮と中国の人達が圧倒的多数でした。その人達の多くが、当時は日本名を名乗り日本語を話していたので、良いにつけ悪いにつけ、周囲からは外国人あつかいを受けていなかったようです。私が欧州に留学していた当時、ヨーロッパ諸国は外国人労働者をアラブ諸国やアフリカ諸国から受け入れ始めました。日本も10年ほど遅れて、外国人労働者を受け入れるようになり、とりわけ中南米の日系人には率先して労働ビザを給与いたしました。日本人で国際結婚(英語では異民族間結婚と表現する)をする人も急増し、それまでは日本女性と諸外国国籍男性の結婚が多かったのに、20年ほど前からは日本男性と諸外国国籍女性(特にアジア諸国の国籍)の結婚が多くなりました。当然複合文化の生活環境で生まれ育っている子どもの数は増え、彼ら二世が社会に物申す年頃に成長してゆきます。こういう社会の大きな時代の流れにも関わらず、日本は単一民族の国と思い込んでいる人達もまだまだ多くいるようです。
私がハワイに移民する直前に出版した「集まれ!地球の子ども達」(新評論出版)http://www.shihawaii.com は、日本で自分の子どもを育てた1980年代に垣間見られたいくつかの事例や自分自身の体験を通して、遠からずやってくる日本社会の多民族化をいかにして一人一人が迎えたら良いのか私なりの助言をまとめました。「自他共に、異なることを恐れずに、異質性としっかりと向き合える人」でないと、これからの国際社会には生きてゆけません。その為には、大人自ら子どもにそういう姿勢を示さないと、異質なことを恥じたり、異質なことをねたんだり、異質なことを無視する人に子どもは成長してしまいます。ハワイに来てから私は、皆様にご紹介したい児童書を探しておりますが、「異質な人、異質な文化・生活習慣」をいかに理解し受け入れるかは、移民の国アメリカにおいても重要なテーマとなっています。違いを知るだけではなく、さらに一歩すすめて何故異なるのかを理解する、理解できたらその違いを尊重した上で、その人の言動を理解するといった順で異文化理解が達せられますが、無論その過程においては
コミュニケーションが不可欠です。
日本の多くの地域社会が今では、複数の異なる生活文化を持った人達と共同体を形成しています。と言う事は、外見が異なっていても日本語が良く解り、あなたと友人の車中での日本語会話を聞いている人がいるかも知れません。外見の異なる人が公共乗り物や公共の場所であなたの隣の席に座り、あなたに挨拶するかも知れません。それに、日本語が喋れない人から、いつ何時あなたが助けてもらうことがあるかも知れないのです。
今回の悲惨な事件で逮捕された女性は、6年半前に中国から日本に来て日本男性と結婚し5歳の女の子の母親でした。彼女の犯行にいたる経緯が、目下様々と調査されていますが、いかなる事情があったにせよこの許しがたい事件から、私たちは何を学べば良いのでしょうか? 人が信じられなくなったら、信じられなくなった人本人が精神障害を起こします。子ども達を取り巻く人達に不信感を抱くよりも、その人達とコミュニケーションを良くとるようにして風通しを良くしておかないと、子ども達の生活圏が益々狭められてしまいます。お母様、お父様、大人の不安を子ども達に押し付けないように、どうぞお子さん達と充分にコミュニケーションをして下さい。そして、お子さんを取り巻く大人達とも、これからはより一層コミュニケーションを図って下さいね。
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ザトウクジラ
ハワイの冬(雨季)は、ホエール・ウオッチングのシーズンでもあります。
鯨の仲間でも大きくて頭のところにいくつものコブがあるザトウクジラ
(英語名はハンプバッグ・ホエールで「猫背の鯨」の意味)が、アラスカの冬を避けてハワイに南下してくるからです。餌の豊富なアラスカ近海で夏を過ごした
ザトウクジラは、暖かいハワイの海で交尾、出産、子育てをするのだそうです。
ハワイに来ると雄の鯨が歌を歌うそうですが、これは求愛の為の歌と解釈されています。マウイ島近海に多くの群れが集まりますが、オアフ島ならワイキキの沖合いから続いてサンデービーチの沖合いにもやって来ます。海上に勢い良く飛び上がるザトウクジラを見ようと、望遠鏡をもった観光客が海岸に連なります。
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投稿者 wow : 12:52
2006年02月08日
第30回 「ハワイにおける子どもの遊び場」
ALOHA! 日本ではまだまだ寒い日が続く季節ですが、今年のハワイの雨季は例年よりも雨が少ないようです。余りにも降雨量が少ないと、山火事や飲み水が心配になってきます。海に囲まれていても、海水では飲めませんからね。もっとも最近では、ハワイ近海の海底奥深くから採水される深層水とやら言うのが、ミネラルの高い飲料水として日本に輸出されているようですが、、、、、。
ホノルル市内に、幼稚園から高等学校までの私立学校で有名なプナホ学校がありますが、毎年2月上旬に行なわれるプナホ・カーニバルは、雨が降ることでも有名です。雨が少なくて山火事の多かった年に、プナホの学校にカーニバル用のテントを張ったら、雨が降ったとか。今年は幸か不幸か、プナホ・カーニバルでも雨が降りませんでした。勿論幸いであったのはカーニバルを楽しみにしていた子ども達、不幸であったのは雨を期待していた大人達です。
さて、このカーニバルですが、リオのカーニバルのような華やかで盛大なパレードを連想されるといけないので説明をいたしましょうね。当地では‘お祭り’といったニュアンスで、使われます。ハワイ語のケイキ(KEIKI-子どもの意味)とカーニバルを一緒にしたケイキ・カーニバルの言葉もあります。プナホのカーニバルは、移動遊園地です。プナホ学校の敷地に、観覧車、メリーゴーランドやジェット・コースター等の色々な乗り物の他に、子ども向けの景品が当たる様々なゲーム・コーナーが設置され金曜日の夜から日曜日まで幼稚園児から大人まで楽しみます。オアフ島で育った子どもは、きっと誰しも一度はプナホ・カーニバルに行っているはずです。というのも、ハワイには常設の遊園地は一つもありません。プナホのみならず、他の季節に他の学校でも移動遊園地が設置されますが、残念なことは遊園地を設置するだけの敷地が年々少なくなっていることです。
海に囲まれた土地柄、この島には水族館や水をテーマにしたテーマ・パークのハワイアン・ウォーターズ・アドベンチャー・パークがありますし、以前ここでもご紹介したシーライフ・パークやポリネシアン・カルチャーセンターもありますが、どちらかと言うと地元の子ども達向けというよりも観光客向けの値段設定が多いです。ハワイの子ども達は、ビーチや庭のプール(不通の家でもプールがある家は多いですし、コンドミニアムには必ずプールがあります。)や公園で遊びます。週末ならビーチパークで家族と過ごしたり、共稼ぎ家庭の子なら平日は放課後の補修活動に参加する子どもも多いです。そしてコンピューター・ゲームやテレビ・映画のアニメに夢中になる子が増えているのは、世界的傾向のようです。
習い事も色々とバラエティーに富んでおり、日系人・日本人のこなら塾のようなクラスもありますし、日本語補修クラスもあります。又、空手、柔道、剣道もあれば、フラダンスやクラッシック・バレーのクラスもあり、様々な楽器の演奏を習うクラス、絵画やクラフトと、多民族社会だけあって子ども向けクラスも種類が豊富です。しかし、住宅地とショッピングセンターが明瞭に分かれているハワイでは、何処に子どもを通わせるにせよ送迎の必要があり、大人の時間のやりくりも大変です。
生活に追われている大人は別としても、広い海と豊かな緑そして気候に恵まれた環境で育つと、やはり‘のほほ~ん’とした性格に子どもが育つのはいたし方ないのでしょうね。英語が第一言語ではない子どもが大勢いる点を考慮にいれても、ハワイの子どもの学校における学業のレベルは、全米でもかなり低いです。学校の成績だけの尺度ではなくとも、やはり人間は引き締めることも必要なようで、気候でも、生活環境でも、躾でも、適当に引き締めないとしっかりした人間にはならないようです。世界のどの地においても、子育てにはそれなりの苦労はつきもののようですね。ですから、苦労を苦労としないように、皆様も子育てから大いなる楽しみを頂戴して下さいね。
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ハワイアン・ウォーターズ・アドベンチャー・パーク
様々な趣向で水と戯れることが出来るテーマ・パークです。ハワイに来られたら是非一度はお子様とお訪ね下さい。一日たっぷりと遊べます。詳細は日本語のサイトをご覧下さい。
http://hawaiianwaters.com/jp/
日本のテーマ・パークに比べたら安上がりかと思いますが、いかがでしょうか?
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投稿者 wow : 16:27
2006年01月10日
第29回 「子どもの叱り方」
ALOHA! 新年おめでとうございます。皆様お元気に新年をお迎えのことと思います。本年もよろしくお付き合い下さいね。
日本では大変な大雪と寒さの冬をお過ごしだそうで、雪害お見舞い申し上げます。
こちらハワイのオアフ島の暮れからお正月にかけては、雨のない毎日でした。昨年、一昨年と大雨続であったのに比べて、静かな年末年始となりました。雨だけではなく、大晦日の爆竹の音と煙も、嘘のように少なかったです。ホノルルに移って12年、こんなに済んだ空気の大晦日の夜は、私にとって初めての経験でした。毎年起こる火災への注意が事前に促された一方、爆竹を祝いの象徴とする文化を継承している人たちが、住民の間から減っている証拠だと私は思います。この近辺にも白人系住民が圧倒的に多くなっているので、彼らのペット達を脅かし、体や環境に良くない煙幕が立ち込める習慣に反対する人たちの声が大きくなったのだと思います。煙害に苦しむ私は、この変化を喜ばしく思っています。
さて最近、ハワイと日本で育った女性から大変残念なお話を伺いました。それは、日本語も英語も堪能なAさんが、日本の電車に乗った時の体験談なのです。若い日本女性が自分の座席の横にバックを置き、目の前に立つ老人に席を譲らなかったそうです。思い余ったAさんは「あなたのバッグをどかして、こちらの方を座らせて上げたらどうですか?」と、言ったそうです。言われた彼女は、無表情でバッグを自分の膝の上に移動し、老人は「すみません」と恐縮しながら座ったそうです。Aさんが日本の友人にその話をしたら「やたら若い人に注意をしない方が良いわよ。後で何をされるか解らないから。」と、言われたとか。
私は日本では様々な職場で働いた為電車通勤の経験は充分にあり、Aさんの体験は私にも馴染みのある日本の車内での光景です。そして残念ながらAさんの日本人の友人のような発言もしばしば聞かされました。でも、あの当時からもう10数年もたっているので、日本社会がもっと風通しの良い社会になったであろうと願っていましたが、、、、、、私の願いは空念仏であったのでしょうか。
若い人たちが簡単に「切れて」しまうのは、幼児期において自分の気持ちをコントロールする術を学んでいないケースが多いようです。子どもの要求をすべて受け入れていると、大人が子どもに使われてしまい、子どもは大人を簡単にコントロール出来ると思い込んでしまいかねません。‘子どもの要求をうけいること=愛情’では決してありません。これは単なる甘やかしです。要求の正当性、必要性、緊急性などは、大人が判断し子どもの判断とずれがあれば教えることが大人の役目であり責任です。確かに、大人が忙しいときに要求されたり、皆と同じでありたいがために要求されたりすると、大人の判断も揺らぐことはしばしばあります。でも時と場合によっては、忙しい自分の手を止めて、子どもの目をしっかり見つめて、子どもの要求を真剣に理解し、的確なる自分の大人としての判断を伝えることは重要なコミュニケーションです。その結果、子どもの要求が受け入れられなくても、大人が示してくれた態度に子どもは愛情を感じ取ります。
こちら多民族社会では様々な人種の親子を見かけますが、人種に関係なく親がしっかりと子どもとコミュニケーションしている場合、自分の要求が思い通りにいかなくても自分の感情を自分でコントロール出来る子に育っていますし、真の愛情が何であるのかを理解し、そして他人との関係にも配慮が出来る子どもになっています。
子どもを恐れる社会とは、実に弱弱しい社会です。言葉を返せば、そのような社会で育つ子ども達は大変気の毒なことに、大人のしっかりとしたリーダーシップ欠如の犠牲者になっている訳です。皆様のお子様はそんな犠牲者の一人にはならないと思いますが、この一年間素敵な親子のコミュニケーションをさらに培って下さいね。
お知らせです。SHIのウエブサイトがリニューアルいたしました。児童書の紹介もありますので、どうぞお訪ね下さい。 http://www.shihawaii.com
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アボカド
ハワイ島(通称ビッグアイランド)の主人が住んでいる家の庭には、アボカドの木があります。朝起きては、熟れて地に落ちたアボカドを拾うのが楽しみです。
拾い損なうと、すぐに虫や鳥に食べられてしまうので、草のかき分けて必死です。
ビッグアイランドからのお土産として、アボカドを持ち帰り、友人知人に配ったら大好評でした。森のバターとも呼ばれるこのアボカド、我が家の子ども達も、パンやクラッカーに塗って塩をぱらぱらとふりかけて食べたり、サラダに刻んで混ぜて食べたり、毎日のように食卓に顔を出しあっという間に食べ終えました。
そういえば、木から落ちたアボカドは、お店で売っている1個$2~$3するアボカドより食べるところも多いし、味もこくがあり、正に森の最高級バターです。
固めならわさび醤油で刺身風に、完熟ならつぶしてトマトや香辛料と混ぜコーンチップスに付けて食べるとメキシコ風になります。それでは、いただきま~す!
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2005年12月07日
第28回 「子どもにとって安全な社会」
ALOHA! もう早くも師走、一年のたつのが早いですね。日本でもハワイと同様に、クリスマス商戦、年末商戦が盛り上がる頃ですね。ホノルルのダウンタウンにもクリスマス・イルミネーションが灯り、例年通り大きなミスター・サンタとミセス・サンタが市庁舎前で裸足になって腰掛けました。ブーツを脱いだ足を水に浸けて、街を行き交う人たちにシャカサイン(ハワイの指で現すサイン)をしながら挨拶をしています。12月11日のホノルル国際マラソンが終わると、ホノルルの街はいっきに年の瀬へと加速します。
日本では幼女の悲しい事件が続いており、小さなお子様がいらっしゃるご家族は他人事ではありませんね。亡くなられたお子さん達になんとお悔やみしてよいやら、、、、、、、、、心よりご冥福を祈ります。ご家族の深い悲しみ・悔しさは言葉に現せきれないことでしょう。子育ては大変でも楽しいはずなのに、これでは警戒心と不安ばかりが膨らみかねません。子ども達の輝く瞳と明るい笑い声は、誰にも希望を与えてくれるはずなのに、このような犯行をする人には人生の希望がなさ過ぎたのでしょうか。
実は私自身、7歳くらいの頃に見知らぬ若い男性から声をかけられたことがあります。家の近くの通りで「総合グランド、何処だか知っている?」と私に聞いてきました。「うん。この道をまっすぐ行って、坂を下りたところ。」と答えたら、
「どの坂だか一緒に行ってくれない。」と言われその人と一緒に歩きました。
もう50年程も前ですが、その川沿いの桜土手の通りにはぽつりほつりと人通りはありました。見知らぬ人と一緒にいる一抹の不安はありましたが、この人を迷子にさせては悪いとの気持ちが交差して、彼から何を言われても私は言葉なくもくもくと歩きました。5分ほど歩いて坂に来ると、「この坂を下りたところ。」と私は指をさしました。すると、相手は語調を強めて、「もうすこし、先まで行ってくれない。」と言いました。私は、緊張感と不安感が高まりましたが、そろそろと坂を下りて行きました。年上の相手からの威圧感をずっしと感じました。
そして、総合グランドの入り口が見えるところまで来ると、又指をさして「あそこが入り口」と伝えると、「もうちょっと先まで行って。」とさらに語調を強めて彼は言いました。その辺りは、坂の上の桜土手の通りより、人気がありません。今日のような立派な設備もない殺風景な総合グランドには誰もいなくて、端のほうにポツリとトイレがあるだけです。とっさに殺気を感じた私は、私の腕を掴もうとした彼の手を振り切って、一目散で坂を駆け上がり、後ろも見ずに家まで走り帰りました。人に親切にすることがこんなにも恐怖と勇気がいることだとは知らずにいた当時の私は、ショックと悔しさと恥じで家族にも誰にもその出来事をすぐには言えませんでした。
つい最近、こちらのテレビでアメリカ本土での実話を報じていました。11歳の少女が自転車で通りを走っていたら車がそばに近ずき、自転車から落ちた彼女を車に引き入れようとしたそうです。彼女は、車に乗せられたら二度と家族には会えないと思い必死で抵抗して、その場を逃れ車は走り去りました。その付近では、11歳のほかの少女が他殺されたばかりでした。勇気ある彼女はすぐに携帯電話で父親に知らせ、父親も犯人捜査の行動をすぐにとりました。
いつの時代にも、何処の国にも、情緒面で非健康的な環境におかれている人はいるものです。その人たちが自分の欲望の対象に、何も知らない幼児や未成年を選ぶことは、大変悲しいことですが事実です。対策としては、親子でこのような事件についても話し合っておき、非常時の場合にどうするかを子どもと一緒に考える必要があるのでしょう。その一方、地域社会が一体となって子ども達の安全を守る積極的な取り組みが必要です。私が幼かった頃は、隣組や地域の子供会があって近所・地域の人たちの社交や助け合いの場がありましたが、見知らぬ人が急速に増えた今日の地域社会では新しい取り組みが必要です。私が30年も前に東ドイツに行った時、老人ホームの隣に幼稚園があり高齢者と幼児達が楽しそうに行き来しているのを見てすっかり感心させられました。お互いに必要な人たち同士ですから、ごく自然に多くの実りがあります。日本でも地域の高齢者でお元気な方が、共働きの両親のお子さん達をボランティアで学校の送迎を手伝うとか。
きっと地域に素敵な人間関係が広がってゆくと思います。
この一年間お付き合いをいただき、ありがとうございました。
2006年の新しい年が、地球には平安を、皆様にはご多幸を運んできますように! そして、子ども達の瞳の輝きと笑い声が耐えない一年となりますように!
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12月のハワイ
日本語のイベント案内はつぎをご覧下さい。
ホノルル市庁舎前に座るミスター・サンタとミセス・サンタの写真もありました。
http://www.gohawaii.jp/calendar/cal_12.html
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2005年11月07日
第27回 「一人っ子の生活環境」
ALOHA! 日本では秋が深まり、秋の果物の美味しい季節ですね。運動会や遠足と野外活動の楽しい、秋でもありますね。美しい秋を、そして秋の味覚を、ご家族そろって満喫していらっしゃることでしょう。
さて私は編集活動に追われており、先月号は失礼させていただきました。私が過去に発信した、メイル・マガジンをホノルルで編集し楽しいイラストや写真入りの本に再編集しております。印刷工場はタイにあるそうです。来年一月出版の予定で準備を進めております。完成しましたら又お知らせいたしますので、どうぞ宜しく!
私の15歳の息子が、昨日思いがけないことを言いました。「16歳になったら、仕事が出来る許可をもらいAプラスの仕事をしようと思うけど、どう思う?
小さい子ども達の面倒を見るのは楽しいと思うんだ。」私は一瞬自分の耳を疑いました。Aプラスとは、小学校の授業終了後、学校で実施している児童活動です。
兄弟のいない児童、家に帰っても共稼ぎの両親が留守の家庭の児童、その他の家庭事情からすぐに家に帰らない児童を集めて、様々な活動をしています。
息子が冗談から「弟が欲しい」と言ったことはありましたし、友達の幼い弟や妹と楽しく遊んだ報告を受けたこともしばしばありました。しかし、自分からAプラスの仕事を選ぶとは思いませんでした。いつまでも我が家のベービーだと思っていたら、そして彼のビッグ・ブラザー役をしてくれる人を見つけたいと思っていたら、母親の思いなどそっちのけで息子は息子の思いがあるようです。まあ、その思いが16歳まで本当に変わらないかどうかは別問題ですが、、、、、。
出生率の低下が、多くの一人っ子を生み出しているのは世界的な傾向です。その一人っ子の面倒を見るのは、人間ではなく機械がしている事実も確実に広がっています。幼い時からテレビやコンピューターを相手にして育ってしまうと、どのような弊害が起こるのか、まだ論じられている段階で実証例はありません。デパートで買った生きたカブトムシが死んでしまったら、「ママ、カブトムシの電池を換えて!」と子どもが言ったのは10年ほど前です。「生命の大切さを子ども達に教えなくては」と叫んでるうちに、日本における自殺者の数は年々増加し年間3万人以上にも及ぶ異常事態となってしまいました。ご存知のように人間の成長は、この地球上の生物の中でも長い時間が費やされています。18年も20年もかけて一人前となる生き物は、人間以外にいないのでは、、、、、。
それにも拘らず、今日目まぐるしく変化する大人社会の影響を受けて、子ども達の生活環境は、子どもが人間の子どもらしく成長できない生活環境です。
日本の幼稚園で、幼稚園の送迎バスに一人で乗り降りできない児童が増えているそうです。転んでも自分を反射的に守る行動ができず、顔から転んで顔に怪我をする子も増えているようです。兄弟でふざけ合ったり、近所の子ども達と追いかけっこをしたりする生活環境がすっかり失われてしまいました。親にしてみれば、コンピューター・ゲームで一人おとなしく遊んでいてくれれば、手がかからず助かるのですが、、、、、、これは人間の子どもとしての本来の姿では、決してありません。(この点においては、私も息子のことで大いなる反省があります。)子どもが人間として健やかに成長し、生きるたくましさと喜びを知るためにも、私達大人は意識的に生活のスピードをスローダウンさせる必要がありますよね。大人の忙しさを言い訳にせず、子どもの目を見つめて話を聞く時間は必ず出来るはずです。
我が家の息子が16歳になっても、Aプラスの仕事に興味を持ち続けますように、母親として私は密やかに願っています。
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ハワイ州の花
ハワイの州花は、黄色いハイビスカスです。1988年に正式な州花とされたそうです。植物のアオイ科に属するハイビスカスは、原生種と世界の様々な地から持ち込まれた種が交配され、現在では5,000種ものハイビスカスがあるそうです。
ハワイのあちらこちらで見かけるハイビスカスは、色も様々で、その色の美しさにしばしば魅せられます。ついでながら、ハイビスカスはレイには利用できません。その代わり耳の後ろにつける髪飾りとしては、男性にも愛用者がいます。
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2005年09月22日
第26回 「親は子の鏡、子は親の鏡」
ALOHA! 日本では小さな秋があちらこちらに見つけられる頃ですね。
皆様の周辺にも、小さな秋が顔を出し始めましたか?
こちらアメリカはハリケーン・アレルギィーが広がっております。ハリケーン「カトリーナ」の教訓もあり、ハリケーンにアメリカ中が今まで以上に敏感に反応するようになったようです。目下メキシコ湾でハリケーン「リタ」が勢力を強めていますが、こちらハワイでも太平洋上に発生したハリケーンの接近に警戒を強めています。ハワイには10年ごとに大きなハリケーンが接近するそうですが、この13年間まだ大きなハリケーンが来ていないのです。今年の警戒振りは、やはり凄いです。日本でも台風のシーズンですよね。皆様方もくれぐれもお気をつけ下さいね。
私のような年齢になると、人生の見方が若い方達とは違ってくるようです。今まで自分が歩んできた人生の道のりを子ども達が歩むようになり、自分の親が歩いた人生の道のりに自分のこれからの人生を重ねることが出来るようになります。体力の衰えもありますが、やはり自分の限界を様々なことに知るようになります。これは夢や野心を忘れることではなく、それらを手に入れる為に若い頃は盲目的に突っ走っていたのが解る年頃になるという意味です。社会が人と人の繋がりで構成されていることが解ると、その中における自分の位置を確保する術を学び、その上で効率的に自分の夢や野心を追う楽しみが出てきます。また人間にとっての普遍的な知恵を理解できるようになる歳頃でもあります。
ひとつ災害対策にしても、私が耳にしていた祖父母の言葉がそのまま今日のアメリカ社会でも活かされます。私の両親が履物の商売の切り盛りでいそがしい間私を育ててくれた祖父母は、関東大震災も戦争も体験していました。物がない時代を知っていた祖父母は、包装紙や古着の再利用、非常時の水のたくわえなど、口うるさく言っていましたが、今アメリカのテレビで私が聴かされた祖父母の言葉が繰り返されています。
このように人生の前も後もやっと見通しが良くなった年頃になった私が子どもと親の関係を振り返ると、「親は子の鏡、子は親の鏡」が頭に浮かんできます。躾にしてもマナーにしても、親が自ら手本を示さないと、子どもは本心で学びません。逆に言えば、親が一生懸命生きている姿から、子どもは多くを学んでいるようです。人間一人一人性格が異なりますが、親子の絆は、性格に関係なく繋がるものです。ただし子どもも成長と同時に自我が形成されますから、親を見て同じ道を歩むのか違う道を選ぶのかは、又別の問題です。そのときにしっかりと親子の間でコミュニケーションが出来ていれば、どちらの道をとっても親子の絆は強まります。こういう長い親子の関係の流れがあることを承知の上で、幼稚園児であるあなたのお子さんを見てあげてください。
幼稚園児のお子さんの親であるみなさんはまだお若いですし、ご自分たちの家庭を築くのに忙しい年代でもありますよね。お子さんと接する時間も少ないまま、ついつい様々な情報に振り回されては、子育てに不安を感じたり自信をなくしたりしたことがありませんか。どんな情報よりも、あなたがご自分の親からされて嬉しかたことをご自分のお子さんにも示してあげて下さい。そして、短くても充実したコミュニケーションをお子さんとして下さい。そのときに自分の気持ちや感情をを素直に出して、どうしてそう感ずるのか、思うのかの理由も幼稚園児に解る言葉で伝えておく方が充実したコミュニケーションになるのは当然です。
そしてお子さんの反応から、きっとあなたも学ばされることがあると思います。
毎日少しずつでも、お子さんと共に素敵な時間をお過ごし下さい。
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アメリカのコイン
アメリカにはペニーと呼ばれる1セントの赤銅色のコイン、5セントの大きなシルバー色のコイン、10セントの小さなシルバー色のコイン、そして5セントより少し大きいシルバー色の25セントのコインが流通しています。時々1ドルのゴールド色のコインもありますが、これは記念コインのようで重くあまり一般に利用されません。1ドルは紙幣が一般に使われますが、1ドルの半分の50セントには、クオーターと呼ばれる25セントのコインを2つ使います。このコイン・クオーターは一番愛用されているコインです。自動販売機や駐車場のメーターにも、公衆電話にもクオーターは大活躍です。アメリカ合州国に仲間入りした州を順番に5州ずつ選び、各州のデザインをしたステイト・クオーターが1999年から毎年出されます。このステイト・クオーターを全部集めようとするコレクターも子ども達の中に大勢います。でも、50番目の州となったハワイ州のステイト・クオーターを手に入れるのには、2008年まで待たなくてはなりません。
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2005年08月09日
第25回 「言葉の大切さ」
ALOHA! 日本では夏の行事真っ盛りの頃ですね。お盆に、夏祭り、花火大会と。こちらハワイの巷では‘バック ツー スクール’(Back to School)の言葉が飛び交う時季となりました。直訳は‘学校に戻る’つまり、新学期です。
ラジオから子ども達の可愛い声が流れてきました。「‘バック ツー スクール’の言葉を聴いたら何を思いますか」との質問に子ども達が答えている声でした。「早起きしなくちゃいけないこと!」「女の子にやさしくしなくちゃいけないこと!」(勿論これは男の子の声)「お友達に会えること!」「OOOOのお店で学用品を揃えて、一生懸命に勉強してよい子になること!」これは、OOOOの今年のラジオ・コマーシャルの一コマですが、数年前は同じスポンサーで親の心理を良く現したテレビ・コマーシャルをこの時季に流していました。
‘一年でもっとも素晴らしい時季’のクリスマス・ソングをバックに、親がOOOOのお店でショッピング・カートを引きながらルンルン気分で学用品をカートに入れてゆきます。その後ろから、子ども達が口をへの字にしてしぶしぶついて行きます。あの時は思わず笑ってしまいましたが、今年のラジオ・コマーシャルの方が学校を肯定的にあつかっているようですね。でも、本当に長い夏休みの間の子どもの生活プランを立てることは、こちらの親達にとって大変な仕事なのです。(余談ですが、OOOOの学用品はこの時季に大量に仕入れる為か、値段が安くなり親は大助かりです。私もこの時季に文房具を買いだめします。)
以前お知らせした通り、ハワイでは幼稚園の一年間は小学校に付属されています。ですから、日本の年長組み(5、6歳児)は小学校に通います。その前はプレ・スクールと呼ばれ殆どが私立の小規模な施設になり費用もかなりかかります。(一人、一ヶ月4~6万円)共稼ぎ夫婦ですと、片親のパートでの収入がそっくり子どものプレスクール代にとられてしまうと、嘆く親も多いです。それ故、公立小学校の幼稚園に子どもが通うようになると、親は本当に‘ほっと’します。
(注:幼稚園に通うようになった子には、‘バック ツー スクール’とは言いません。念のため。)
同じ言葉‘バック ツー スクール’でも、親と子ではだいぶニュアンスの異なった言葉として受け取られますが、この時季ハワイの親子のコミュニケーションで大事な言葉でもあります。
さて、ご存知のように子どもの成長過程で、言葉の発達は大切な成長過程の一つです。でも、その発達速度、発達の仕方、言葉とのかかわり方などは、人それぞれの違いがあります。言葉とは自分の意思を伝え自分の世界を広げる大事な手段であることに気づくと、人はその活用をどんどん広げる楽しみも覚えますよね。
私の長女が生まれた時主人と私の二人だけの家庭に参加した彼女の言語環境は、英語と日本語でした。つまり私たち夫婦の会話は英語と片言の日本語、私が電話で話す音は日本語、ラジオからは英語か日本語の音が流れるという環境でした。彼女は普通の日本人の子ども達が言葉を発する歳になっても、言葉が出てきませんでした。主人は英語で彼女に語りかけ、私は日本語で彼女に語りかけていたので、彼女の頭脳が異なる音から意味を理解するのに時間がかかるのだろうと、気長に待ちました。案の定、二歳過ぎて長女が言葉を発するようになると、彼女は英語と日本語の使い分けをちゃんと知っていました。几帳面でコツコツ・タイプの彼女は、成長と共に言語の才能を着実にのばし、三年前には私の著書「集まれ!地球の子ども達」を英訳しました。
次女が生まれたとき、長女はまだちゃんとした言葉を発せれない状態でしたが、行動力が活発な次女は、英語の音も日本語の音も使い分けをすることもなく、勝手に発しました。一歳前には、ごちょごちょと英語とも日本語とも判断のつかない音を口に出していました。彼女は一人前に、それらの音で自己存在を表現していたつもりのようです。現在でも彼女は日本語会話には不自由しません。一方日本語の読み書きは漢字が苦手な次女ですが、英語でも難しい単語はかなり努力して学んでいるようです。その代わり、表現力の豊かさは大学教授達からも褒められるそうです。
長男は、一歳未満で父親と日本を離れました。出発までの残り少ない日々、私は彼をお風呂に入れながら「はとぽっぽ」の歌を一生懸命歌いました。オーストラリアに行った長男に電話で話しても私の存在がわからず、受話器を通して「はとぽっぽ」の歌を私がうたったら「マミー!マミー!」と彼は叫びました。今でも彼にとって「はとぽっぽ」の歌の響きは、母親と別れた寂しさと母親の温もりが同居して甘酸っぱく彼には聞こえるようです。片言の日本語しか話せない15歳になった現在の彼は、若者の話す英語のスラングを一生懸命私に教えています。
幼稚園児の年齢は外の世界も広がり、言葉も急速に発達する時期ですよね。この年齢のお子様をお持ちのお父様、お母様,お子さん達にたくさんの言葉を伝えてあげて下さいね。児童書、紙芝居、映画、や様々な体験の中から楽しい言葉、嬉しい言葉、美しい言葉をたくさん教えて上げて下さい。お子さんが大きくなったら、そういう言葉がきっとお子さんからあなたに返ってくるはずですからね。
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ハワイの語の母親
以前さまざまな言語で母親を意味する言葉を調べたら「M」の音で始まる言葉が多くありました。ママ、マンマ、マー、マミー、マモン、マム、マザー、ムーチン、ムッター、モアー、メーなど等。ではハワイ語(ポリネシア原住民の言語)ではと調べたら、makuahine(マクアヒネ)とあり、母親やおばの意味になります。つまりmakua 親と女性を意味するwahineが一緒になったようです。母親だけでなくおばも意味することから、多くの女性が母親代わりになって子育てに参加していた様子がうかがえます。そして子どもがもっとも早く発しやすい音‘M’で、やはり始まっていました。
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2005年07月14日
第24回 「子育ての意義」
ALOHA! 日本の幼稚園ももうすぐ夏休みですね。皆様楽しい夏の計画を
お立てになっていらっしゃることでしょう。ハワイの学校は6月上旬で、
ほとんどの学校のカレンダーが終わるので、2ヶ月~3ヶ月(学校によって採用しているカレンダーが異なり、8月上旬に始まる学校と9月上旬に始まる学校があります。)の間、目下夏休み中です。
さて今日は、皆様にひとつお願いがあります。お子様の本箱の中から、動物の親子のイメージを一枚探してみてください。きっと動物の親子の写真か絵本が一冊はあると思うのですが。いかがでしょうか?見つかりましたら、次の質問に自己回答してみてください。
1.あなたのお子さんは動物の親子のイメージをお好きですか?
2.あなたはそのイメージからどんな感情をいだかれますか?
3.お子さんは、何をそのイメージに感じているのだと思いますか?
私のように人生の平均寿命の半分以上を生きる歳になると、同年代の友人知人の中でお子さんのいない家庭を築いていらっしゃる方の晩年の生活ぶりを、拝見できる特権もでてきます。お子さんのいらっしゃらない独身又は既婚者の方々は、確かに若い内はお子さんに使われる育児費、教育費、生活費が節約され経済的ゆとりはありますが、人生の晩年になると自分に繋がる家族のいない寂しさをひしと感じるようです。ましてそれが海外での生活者であるならば、望郷の念を深める寂しさにも繋がります。
日本では、定年後の海外移住がブーム化しそうな気配ですが、海外生活にすでに充分慣れていらっしゃる方やお子さんが海外にすでに生活基盤を持っていらっしゃる方ならともかく、お子さんのいらっしゃらない身軽さから人生の晩年に海外移住する場合は、慎重に検討されるようお勧めいたします。又皆様方の親御さんで定年後の海外移住をお考えの方がいらっしゃるならば、ご自分たちが海外訪問できる足場が出来るなどと単純に考えないで下さいね。理由をご説明いたしましょうね。
私の経験では、たとえ主人がアメリカ人であっても、主人以上に現代アメリカ社会に根を張りつつある我が子たちからの情報や人脈は大変大きなパワーとなります。刻々と変わる現代アメリカ社会で私が生きてゆくために、言葉の問題はもとより、今の社会制度、今の話題、今の流行(ファッションだけでなく言葉や娯楽、エンターテイメントなど)、若いアンテナでキャッチしたものは新鮮であり、驚きであり、学ばされる事も多いし、年寄りの知恵を刺激されて子供たちに意見を施すこともあります。そんなときは、異文化圏の中にあっても、自分の子どもたちを通して自分が必要とされている実感をあたえられ、社会との違和感もなくなります。勿論私とは異なり、もっと積極的に所属する社会に参加できる時間と行動力のある方は、お子さんに頼る必要はないかも知れませんが、、、、。
1年と5ヶ月ちがいの娘二人を日本で育てている時は、二人が同時にオムツをしている期間もあり、それは大変でした。双子を育てているつもりになろうと、自分に言い聞かせました。私は娘たちとは日本語で話しをし、娘たちも日本のテレビを見たので当時のアニメのテーマソングなども良く覚えています。今になってみると、子育て中の大変さの中から親子の繋がりが築かれていたのだと、よーく解ります。大変さは愛情と変わり、愛情を注いでもまた異なる大変さが出てきたりして、、、、。こちらも感情の動物ですから、子供に必要以上の大きな声で怒鳴ることもありました。そして、夜寝ている子供たちの天使のような寝顔を見ては「何でこんなにやさしい天使に怒鳴ったりしたのかしら???」と寝顔に「ごめんなさい」と、つぶやきました。でも、翌朝はそんな自分のつぶやきも
忘れて子供とにらみ合い!よくある、パターンですよね。きっと、そんなパターンの繰り返しの中から、子供たちも母親である私の性格を知っていったのでしょうね。息子は、主人と旅行が多かったので、英語が第一言語となりました。主人の仕事の都合で、現在私は15歳の息子と二人暮しですが、英語で四苦八苦しながらも息子との親子の絆を固めている最中です。
子供がいることによって、社会との繋がりが広がり、年代とのギャップに橋がかけられます。お子さんのいない私の知人友人たちは、そのへんの努力を意識的にお金と時間をかけて心がけていらっしゃいます。
そして子供がいることによって、愛情を注ぐ相手がいることは、愛情を自分に注いでくれる人がいることでもありますよね。私には動物の親子のイメージは、相互の信頼できる愛情のシンボルに見えます。
「雨、雨、降れ、降れ、かあさんが、蛇の目(傘)でお迎え嬉しいな、
ぴちぴち、じゃぶじゃぶ、らんらんらん。」
私の子供時代の歌ですが、子供の心理はいつでも同じですよね。
私の仕事が休みの日には、息子が車での迎えを頼みに、頻繁に私の携帯電話に電話してきます。雨も降っていないのに、、、、、、、、、、、。
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ハワイのアイスクリーム
ハワイのオリジナルのシェーブ・アイスは、かき氷のことです。ところが最近、ローカルの子供たちにも、アメリカ本土からの観光客にも、人気のあるアイスクリーム屋さんがハワイでも増えています。それは、冷やした大理石の上で、自分の選んだフレーバーのアイスクリームに自分の選んだ具を混ぜてこねてくれる
新しいアイスクリーム屋、コールド・ストーン・クリームリーです。
ハワイに来られたら、是非お試し下さい。オアフ島では、ワイキキのメイン・ストリート、ワード映画館の近く、カネオヘの街にあります。
http://www.coldstonecreamery.com/main/index.asp
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2005年06月09日
第23回 「子供のためのハワイの夏のプログラム」
ALOHA! 日本では雨が多くなる頃ですね。南北に長い島の日本、しかも四季がある日本は、北から南へ一年中をとおして様々な自然を楽しめれる国ですよね。江戸時代の鎖国政策の後、開国された日本にやってきた西洋人たちは、この日本の自然の豊かさに驚嘆したそうです。そして、自然の細やかな変化も見落とさず、自然とともに生きている人がいることに、さらに驚嘆したそうです。そういう地理的立地条件の自然状況の中で幾百年にもわたって育まれてきた様々な日本文化と変わらぬ和の精神。子ども達にも、是非伝えていきたいものですね。
太平洋の真ん中にある小島のあつまっているハワイ諸島は、島の歴史、地形や海流の違いによって、それぞれの島が多少異なった自然環境を生み出しています。私の住むオアフ島は東京都の80%ほどの面積ですが、この島でさえ谷あいの地域は雨が多く緑がうっそうと茂って、他の地域との違いがはっきりと解ります。全島を通して、又一年を通して、日本のような気温の変化はありませんが、やはり人々の生活文化やメンタリティーは、自然環境に影響されます。ですから、ここではのんびりとした大らかな気分にされます。そんなハワイに癒しを求めてやってくる日本人が、最近は多くなっています。
以前「お辞儀と握手」のタイトルの私のコラムでもお話いたしましたが、
私の息子が幼かった2歳~3歳の頃,父親と一緒にオーストラリアに住んでいたことがあります。父親が人と出会うと、必ず横から小さな手を出してその人に握手の挨拶を求めました。その小さな手には、必ず笑顔と共に応じてくれる大きな手がありました。日本に戻ってきた息子の小さな頭脳は、握手の習慣がないことを悟り、「ハロー」と出会った人に挨拶をしました。ところが反応がありません。彼は日本語を知ると「こんにちは!」と日本語で挨拶を試みましたが、やはり反応がありませんでした。そして、日本では人に挨拶をすることをやめました。その息子が4歳の時、ハワイに来て「水を得た魚」のように、急に生き生きとしました。握手をする手を出さなくても、彼を受け入れてくれる笑顔がありました。
11年前の当時、彼の髪は綿菓子のようなアフロヘアーだったので、「まあ可愛い」とか「あなたの髪、素敵よ」とかの言葉までもらって、その上複数の彼よりず~と年配の挨拶友達まで彼は獲得してしまいました。
この11年間の間に、この地域にも人が密集してきました。車の台数も急増し、どこに行くのも時間がかかるようになると、大らかなハワイ住民の中にも、大都会のコンクリート・ジャングルに住む人のようなメンタリティーを持つ人もでてきます。そんなマイナス点を考慮した上でも、ハワイの自然の恵みには人の心を開放的にしてくれパワーが確かにあるようです。
幼稚園に行ってらっしゃるお子さんの夏休みを利用してハワイ家族旅行を計画される方に役立つ今までの情報を、まとめてお伝えいたしましょう。
1.ワイキキの近場で安い予算で気楽に親子で過ごすなら、、、、
2年前の私のコラム第1回(2003年8月号)でもお知らせした、チルドレンズ・デスカバリー・センター。多民族社会ハワイを親子で楽しく体験しながら学べるセンターです。最近はホームページも設置したようですから、お出かけの前に最新の情報をこちらから得てください。日本語のページはありませんが、必要な情報はお父さん・お母さんの英語力でも入手できると思います。
http://www.discoverycenterhawaii.org
日本のテーマ・パークより規模はず~と小さいですが、アメリカを訪れている実感と共に親子で安心してゆっくり遊べます。
2.ワイキキからちょっとした旅行気分で贅沢に過ごすなら、、、、、
ポリネシア・カルチャー・センターについては、私のコラム第7回(2004年2月号)でご紹介しましたが、最近ではハワイアン・カルチャー体験の機会も多くなっているようです。参加料金は決して安くはないですが、たっぷり一日楽しめます。小さいお子様連れでしたら、夜のナイト・ショーを抜いたプログラムでも
充分です。
http://www.polynesia.co.jp
3.ワイキキから1時間弱で、海洋動物を楽しみたいなら、、、、
シーライフ・パークは、私のコラム第12回(2004年7月号)でご紹介しましたが、ここでも最近参加型のプログラムが増えています。動物がお好きなお子さん達と、楽しい一日を過ごせます。この付近から見渡せる裏オアフの、息を呑むような風景も必見です。
http://www.sealifeparkhawaii.com/
こちらのHPも日本語版がないので、初めて訪問される方、英語が得意でない方、は旅行者のオプショナル・ツアーに参加されたほうが安心かもしれません。
その他最新ハワイ情報の収集には、こちらもご覧下さい。
http://www.gohawaii.jp/
お子様連れで海外旅行をする方が最近はとっても増えておりますし、それが可能な便利な時代になりました。でも、海外旅行を親が楽しみたくて海外に来てまでべビィー・シッターを頼まれる方がいらっしゃいますが、私はこれはちょっと残念な気がします。
折角お子さんが日本では体験できなかった感動や感激を一緒に分かち合える機会ですから親御さんはお子さんのペースに合わせ童心にかえり、それこそ忘れられない親子の思い出が沢山出来たら、きっと素敵な夏になりますよ。
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ご案内:無料メイル・マガジン「異文化理解のすすめ」を毎月2回発行しております。ご購読ご希望の方はこちらからどうぞ
http://www.mag2.com/m/0000095389.html
ウクレレ
ハワイの音楽やモダン・フラダンスの演奏に使われるウクレレは、どんな楽器か皆さんご存知だと思います。このウクレレの語源は、ハワイ語で飛び跳ねるノミの意味(ウク=ノミ、レレ=飛び跳ねる)です。1878年にポルトガルのマデイラから来た移民労働者によってハワイに持ち込まれた小型ギターを元に、ハワイでさらに小型の楽器をハワイ移民ポルトガル人が製作しました。その弾き方の指の動きが飛び跳ねるノミに似ているところからつけられた名称とも言われています。
日本人観光客を中心に、ハワイでもウクレレ再ブームの気配がおこっています。
2005年05月09日
第22回 「育児はがまんくらべ」
ALOHA! 新緑の日本では、行楽シーズンですね。ご家族揃って楽しむ時間が沢山とれる季節でもありますね。でも、日本では暑さが急上昇しているそうですから、お体もお気をつけください。
こちらハワイもお天気がはっきりしない日が、毎年増えているような気がいたします。地球温暖化の影響は、世界中で様々な影響を与えているようですね。
「地球は青かった」とは、宇宙飛行士の有名な言葉ですが、もはやそれは過去のことになってしまうかもしれません。「地球の青さが薄らいでいる。しかも東アジアが特にひどい。」とは最近のある宇宙飛行士の言葉です。青い空と青い海を、子ども達にはいつまでも残して上げたいですね。それは、生命の喜びの色ですから。
私たちの故郷地球をいとしむように、お子さんは親御さんにとって掛替えのない宝です。昨日は知人の若い白人カップルが、生まれて間もない息子を連れて来て私に紹介してくれました。「へーえ、パパとそっくりな目をしているじゃないの」と私が言うと、若い父親は笑みを顔いっぱいに浮かべました。アメリカ本土からハワイに渡ってきた若い二人が、ようやく生活が落ち着き家庭を築くことになったのです。お二人の幸福感がそのまま愛情となって、生まれて2ヶ月のお子さんをやわらかく包んでいました。
皆様の中には、‘そんな頃もあったな~。’と思い出される方もいらっしゃるでしょう。そんな天使のような存在のお子さんが、一人で動き回り、物をいい、幼稚園に行くようになるまでの子育ては、楽しいばかりではない体験をしていらっしゃる方も多いと思います。子どもが幼い時期の子育ては、親御さんに特に体力と忍耐が要求されます。この要求に答えられないと、幼児虐待のような悲惨な結果になりかねません。
私の娘達が日本で幼稚園に通い始めた時、長女は5歳で年少組でしたが、次女は4歳でその下のピヨピヨ教室に週3回通いました。長女は集団生活に溶け込むのは早い方でしたが、次女は「わが道を行く」タイプでした。ある朝、幼稚園に行く時間になって長女はすっかり出かける用意が出来ているのに、次女はまだ朝食を終わらせずにべビィーチェアーに座ったままです。その朝の朝食が気にいらなかったのか、幼稚園に行きたくないのか、はたまた私の堪忍袋がいつ切れるのかをためしているのか、、、、、何を言っても非協力的でした。幼稚園に遅れてしまうと心配する長女に、これでは不公平です。しかも、朝食途中で次女を幼稚園につれて行ったら、今後も実力行使をして非協力的な人になってしまう恐れもあります。本とにこの時は、私の手が次女にかかりそうでした。次女は、こちらの煮えくり返りそうな感情など気にもせず、鼻歌など歌いながら朝食をこね回しています。長女も見ていることです。私は冷静を取り戻して、即断をしなくてはなりません。状況から見て、次女のペースに乗らないこと。しかも、長女の要望を無視はできません。長女を幼稚園に連れてゆく間、10分足らずとはいえ、一人残される次女に何かがあっては困ります。次女はべビィーチェアーから降りないように充分に言い聞かせました。そして、その間に朝食を食べ終えるように言い聞かせました。私は長女だけを自転車に乗せ、何とか幼稚園の時間に間に合わせました。
急いで帰宅すると、次女は言われたとおりべビィーチェアーに座ったままで、私をほっとさせました。でも朝食もそのままです。朝食が済んでいれば、もう一度次女を連れて幼稚園に行こうと思っていたのですが、こうなると次女とがまんくらべをする必要がありそうです。朝食が終わるまで、チェアーから降りないように次女に厳重に伝えました。幼稚園を休ませても、娘にとってこれは重要なレッスンであると、私は決めました。そして私は自分の予定通り家事を行いました。次女にちらりちらりと目をくばりながらも、相手にはしませんでした。
次女は,半日椅子に座っているのにも飽きてしまったのか、11時ごろになって
「マミー、終わったよ!」と私を呼びました。この頑固娘は、4時間たってやっと朝食を終らせました。そして彼女も私の頑固さが解ったようで、翌日からは、さっさと朝食を終わらせるようになりました。本当に子育てはがまんくらべです。
小さい時かなり我が強かった次女ですが歳と共にまーるい性格になってゆき、いつも何かにつけ心配ばかりしていた長女が歳とともにリーダー・シップを発揮するようになりました。子どもの成長はやはりー長~い目で見なくてはなりませんね。その時の状況や感情だけで、「この子は~だ」と決めつけてはいけません。
子どもの成長過程で芽生える様々な可能性を、摘み取ってしまいかねないからです。がまんくらべの報酬は、親子ともに成長ができることです。
あれから18年以上がすぎ、自然が大好きで教育に情熱を注いでいる次女と、都会派で芸術や近代技術に長けた長女ですが、二人ともそれぞれに私の良き友達でもあります。そして今となっては,がまんくらべは懐かしき思い出です。
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パパイヤ
「お父さんの嫌いな果物はなんでしょう?」と日本のなぞなぞにありましたが、パパイヤはここハワイではみんに愛好されています。以前パパイヤの小さな苗をいただき庭に植えたら、3年後には大木に成長して美味しい実をいっぱいにつけてくれました。緑色の実が黄色になったらさっさともぎ取らないと、鳥に先を越されてしまいます。私は、熟れたパパイヤをま二つに切って中央の黒い小さな種を取り除き、レモン汁をかけて食べる食べ方が好きです。でも沖縄やフィリピンから来た人たちは、熟す前の緑色のパパイヤを利用した料理も知っているようです。
さらに詳しいことはこちらをどうぞ!
http://www.miyosi.co.jp/vegetable/papaya/
http://www.hana300.com/papaiy.html
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2005年04月06日
第21回 「わがままと自己主張」
Aloha! 皆様お元気でしょうか? 新しい年度がはじまり、日本では春たけなわのことでしょう。春の花々が色を競い合えば、すぐに新緑が芽吹き緑に覆われた季節が待っていますね。夏の暑さを予感しながらも、緑を渡る風の心地良さに暫し生きるエネルギィーを施してもらえますよね。
日本のように四季のないこちらハワイですが、微妙に雨季と乾季の季節が分かれます。雨季は11月~3月、乾季は4月~10月ですが、最近は地球温暖化のためか、明確に分けにくくなっております。雨季の期間でも、乾季の期間でも、晴れればちょうど日本の5月の新緑の季節のようなすがすがしさです。萌える緑に、海の青さがコントラストを描くのですから、それは絵葉書のような美しさです。
そんなハワイの美しさを求めて、春休みは大勢のお子様連れの日本人観光客の方々が来られました。最近の日本のお子さんは、はっきりと物を言える子が増えているような気がいたしますが、皆様はいかが思われますか?解らないことは遠慮なく質問されるし、自分の好みも明確に説明されます。これは大変良いことではないでしょか。但し、自分と直接かかわりのないことへの関心度は・・・・、
いかがなものなのでしょうか? ふとそんな疑問が、私の脳裏をかすめます。
つまり、物を見る目が自分中心になり過ぎていないかとの疑問です。
「日本人は自己表現が苦手であり,下手である」と、欧米の知識者の多くから長年に渡って指摘されてきました。日本社会においては、皆と同じであることが社会ルールの前提のような社会風習があるので、人との違いを表現することはかなりの勇気を必要とされます。学校教育においては、個性を認める教育とかスローガンでは言われても、管理教育ではそれを実現することは大変厄介なことなのです。教育のみならず、何においても管理する場合は、統一された基準があった方が、ずーと楽に管理出来ます。そういう管理体制の中で、個性尊重と言っても、熱い油の中でアイスクリーム・天ぷらを揚げるようなものです。
すると、各児の個性を尊重した教育が、学校現場より重要となるのは家庭となりますよね。自己表現は個性に合わせて千差万別ではありますが、お母様、お父様、すでにお気つきのように、幼稚園児になりますとお子さんの自己表現の一つである自己主張が多くなってきます。「いやだ!」「だめ!」「いらない!」「やらない!」「つまらない!」「買って!」「嫌い!」等、どこからこんな風に言葉の使い方を覚えたのかと驚くほど、子どもの自己主張語が極端に増えます。これは成長期において当然起こりうる現象ですが、親も生身の人間です。これらの主張に、やり込められたり、反発したり、感心させられたり、、、、
これも親業のレッスンの一つです。このレッスンは親でないと受けれない、大変ありがたい授業なのですが、要注意点があります。
それは「この授業の主導権を子どもだけに与えてはいけない」ということです。
主張は誰でも出来ます。でも、その主張を受け入れるか否か、その判断は
大人がしなくてはなりません。場合によっては、お子さんと話し合いの上、という得策もあるでしょう。 5歳6歳の子どもの主張は、自分の経験や感情に基ずいていますが、やはり生まれて数年後の子どもの判断力と親御さんの判断力では、雲泥の差があります。それ故法律でも,子どもには責任をもたせません。5,6歳どころか、私は時々14歳の我が息子にも、この判断力の幼稚さを知らされ親の責任を再認識させられます。
お子さんだけに主導権をもたせると、それは「わがまま」を増長させてしまいます。自分の主張は何でも受け入れられると思い込み、自己中心的な判断をするようになるからです。今度自分の主張が受け入れられない環境におかれた時、
どのように対処するのかわからず、いじめに走ったリ、暴力的になったり、自己嫌悪におちいったり、、、、、、、、と良い結果は生まれません。
お子さんの主張をお互いの話し合いによって受け入れるかどうか決めたり、親の判断を説明して決めたりする時、コミュニケーションの大切さを親子共に学べますし、色々な考え方の違いがあることも学べます。又親が示す様々な具体例によって、小さな頭脳は親の偉大さを学ぶでしょうし、自分の知らない世界があることや他人とのかかわりの大切さも学べます。たとえ主張が受け入れなくとも、そうやって教えてくれる親の存在の有難さを感じるでしょうし、そこに言い尽くせぬ愛情の温かみを解ってくれるはずです。それこそが、本当の個性教育です。
大人にとっては実に忍耐のいることであり、聡明で率直な子どもに立ち向かうのですから、それ以上に聡明で寛容な態度も要求されます。ですから、これは親としての大事な試練のレッスンなのです。
さあ、今度お子さんが自己主張を強くしてあなたを困らせた時、これは大切な授業をお子さんが与えてくれていると思って、ありがたくこの授業を受けてみてください。時々お子さんはあなたの愛情を確認したくて、このような手段を使うこともありますよ。そういう時は理論や理屈よりも、態度で示しましょう。
どのようにあなたの愛情をお子さんに示すか解らない方へ:
欧米のような抱擁やキスが生活習慣になくても、お子さんが大事にしていることに関心をもったり、お子さんとの時間を作ったり、あなたが幼い頃に親からしてもらって嬉しかったことをそのままお子さんにして上げたらどうでしょうか。
あなた自身が自己主張の苦手な方なら、お子さんに見習ってこれから自己主張のし方を取得いたしましょう。決して「わがまま」にならないようにね!
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ハワイ語―マカイ対マウカ
ハワイで良く聞く挨拶言葉は、アロハやマハロ(ありがとう)がありますが、
方向を尋ねる言葉としてマカイとマウカがあります。ハワイ語でカイ―Kai
とは海を意味し、ウカ—Ukaとは山を意味します。つまり東西南北の言葉
ではなく、海の方・山の方と表現して方向を示します。ご存知のようにハワイ
諸島は海底火山の噴火によって誕生しているので、どの島にも噴火によって
出来た山があります。昔は山から海へと、パイを切り分けるように、領土を
分配したそうです。そうすれば山の幸も海の幸も各領土平等に収穫出来る
からです。今でも気象情報や道路情報で、日常語として使われていますし、
広いアラモアナ・ショッピング・センターでお店を探す場合も「マウカ側
ですか?マカイ側ですか?」と聞かれます。
日本人にはkai = 海なので覚え安いかも知れませんね。
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2005年03月15日
第20回 「人への思いやり」
ALOHA!みなさまお元気ですか?
3月になると、日本ではもうすぐ春ですね。
春一番が吹き、春の花々のたよりが南のほうから北上してきますね。そして、桜前線も活発になってくる季節で、さぞ皆様の気分を晴れやかにしれくれることでしょう。
皆様がたの中には、お子さんがもうすぐ幼稚園に入園なさる方、又卒園なさる方もいらしゃることでしょう。
こちらハワイでは、それぞれの学校が採用するカレンダーによって8月か9月が新学期となります。
5歳前まではプレスクールに通っても、5歳になると公立小学校に付属している幼稚園に一年間通います。
小学校一年生になる前に集団生活に慣らせる為でもあるのでしょうが、若い親御さんは共稼ぎが多いので大いに助かります。
日本では子供の出産率が低下しているので、一人っ子のご家庭も多いですね。
アメリカでの同じ数字を私はもっていないので正確な比較は出来ませんが、アメリカには様々な形態の親子関係があるので、日本より親子関係も個人主義が強くなると思います。
例えば親の離婚によって母子家庭・父子家庭(これは日本でも増えているようです。)もあれば、親同士の子ずれ再婚でいきなり兄弟・姉妹が増えたり、こちらでは養子制度も盛んですから年齢のひらいた兄弟・姉妹がいたり、子供を育てる資格を認められない親の子には代理親がいたりします。
母方のおじいさん・おばあさん、父方のおじいさん・おばあさん、そして両親に囲まれて一人っ子でも真綿に包まれたような環境で育つ日本の子どもは、こちらの特殊な家庭環境の中で育つ子どもにしてみれば天国のような家庭環境かも知れません。
ハワイには大家族主義の民族も多いので、一般的にはポリネシア系,アジア(特にフィリピン,ベトナム、韓国,中国)系では、親戚がお互いに子どもを面倒見ることもあります。
日系人に関しては、ここに2代、3代と住んでいる人達で家族が多い人はやはり大家族主義になりますが、移民して来たばかりの日本人は親戚もいないので当然同じような環境の人達と交流が広がります。
私はハワイでは、この最後の仲間に属しています。
どのような家庭環境においても、子どもには人との関わり方のルールを教えなくてはなりませんよね。
孤島に一人だけで住む人生ならともかく、血のつながりがあろうとなかろうと人と関わらずに生きる人生は不可能だからです。
人間は感情の動物である以上、お互いの感情がスムーズに交換出来き、お互いの感情が満足で膨らむような表現が出来るようにした方が良いとは思いませんか?
真綿で包まれている環境にいると、このような感情の相互交換に必要なルールをつい忘れがちです。
つまり、‘やってもらって当たり前’との考え方がはびこってしまうからです。
どこの国でも、どの民族でも、年寄りにとって孫は可愛いものです。自分の子どもに注ぎきれなかった愛情をゆとりをもって注げれるのは、やはり仕事の一線を退いてからになってしまいます。
私も小学生の時は、寝起きを祖父母と共にしていました。
昔の年寄りに比べて、今のシルバー・エイジは、
時間のゆとり経済的ゆとりがあるのではないでしょうか。
ましてや、愛情を注ぐ対象の孫の数は圧倒的に少ない訳ですから、母方・父方の両方からそれぞれ4本の手が出されることになります。
ここで祖父母からの援助をどのように親が受け取るかで、お孫さんのおじいさん・おばあさんへの態度も変わってきます。
親子の間でも礼儀作法はきちんと示すこと。
他の家族の愚痴を本人がいないところでしないこと。
年長者をいつも敬う言葉・態度を示すこと。家族の中に色々な人(異性,年齢差、考え方や性格)がいることを認識させること。
そして、その上で、人への思いやりを示すこと。家族関係の中で思いやりを‘わずらわしい気つかい’としてではなく、愛情表現の一つとして学んだ子どもは、大人になっても親への思いやりを忘れませんし、社会に出ても暖かい心の持ち主となります。
子とも達は、親が自分の親にどのように接するかをしっかり見ていますからね。
そして自分が歳をとた時、自分が親にしたような接し方を我が子が自分にしてくれるようです。
家族の間での思いやりを、英語ではLOVEと呼びますし、ハワイ語ではALOHAとも呼ばれることがあります。
勿論家族間だけではなく他人への思いやりも、時と場合によってはLOVEと呼ばれます。
さあ今日も、ご家族の間で思いやりをいっぱい表現して上げて下さい。
お子さんにとってそれこそ家庭の温かさになるはずです。
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ハナウマ湾
私の住む近くに、火山のカルデラが海の波に侵食されて湾になってしまった、ハナウマ湾があります。この湾には珊瑚礁が生殖し熱帯の美しい魚が泳ぎ、かつてはハワイ王朝しか入れない神聖な場所でした。エルビス・プレスリーの映画「ブルー・ハワイ」で紹介されて以来、観光の名所となっています。ハワイに来たばかりの頃私は、珊瑚礁の間を美しい魚と泳げるこの湾に幼い我が子達と通っいました。さらに詳しい情報は次のウエブサイトでどうぞご覧下さい。
http://www.hanauma1.com/
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2005年02月09日
第19回「思い出つくり」
ALOHA! 皆様お元気でいらっしゃいますか?風邪などひいていませんか?
「常夏の島ハワイ」とは誰がつけた形容詞か知りませんが、どうやらこの形容詞は返上した方がよさそうです。五日間も太陽の出ない日が続くと、この間にハワイに来られて帰えられた観光客の方々は、まるで詐欺にでも合った気分になってしまいかねません。
気候が人間の生活様式や習慣に大きく左右していることは世界共通の事実ですが、季節ごとの行事も人間生活に大事な節目となっておりますよね。先月の1月の末に成田空港からホノルルに戻る時、空港のお土産店では節分の豆や雛人形が並んでいました。日本のカレンダーなら、その後に桜-入学式、新緑-こいのぼり、梅雨と続きますね。ワンパターンな発想ですが、何故か日本人ならその発想に共感してしまう、、、、、、何百年、何千年もの時間が日本列島の上を流れている間に、そこに住む人達の心に日本の四季の移り変わりがしっかりと記憶されているからなのでしょうね。
その点、ハワイのカレンダーには月ごとの固定イメージはありません。しいて探せば、12月のクリスマスと2月の旧正月(チャイニーズ・ニューイヤー)くらいでしょう。もっとも旧正月は、クリスマスほど全島あげての盛り上がりには欠けますが。スポーツをする人には、其々のスポーツごとのカレンダーはあります。
例えば12月のホノルル国際マラソンがそうです。多民族社会ハワイには、民族ごとに独自のカレンダーをもっている人達もおり、結局ハワイのカレンダーのイメージには季節感の伴わない風光明媚な写真が採用されます。この辺にも、「常夏の島ハワイ」の形容詞のいわれがあるのかもしれませんね。
さて幼い子ども達にとって日常生活と異なる行事や祭りは、忘れられない出来事ですよね。私にもあります。夏祭りの終わる直前に、綿菓子を母にねだって、あわてて綿菓子を買いに行きました。もう屋台はかたずけ始めていました。ピンクのふわふわの大きな綿菓子を手にして上機嫌の私でしたが、雨がポツリポツリ降り始めました。当時はビニール袋などなかったのです。ふわふわの綿菓子が雨に濡れないように私は必死でかばいましたが、家に着くとべっとりと濡れた縮んだ綿菓子になっていました。今でこそ一年中手に入る綿菓子ですが、当時は祭りの屋台でしか売っていませんでした。それなのに雨に食べられてしまって、、、、。
「世の中には思い道理に行かないこともある」との教訓を、あの時私は教わったのかもしれません。
嬉しい思い出、悲しい思い出、悔しい思い出、感動的な思い出、人生には様々な思い出がありますよね。思い出をビーズのように一つずつ時間の糸で繋げたら、それがきっと人生と呼べるものになるのでしょう。それなら、美しい思い出のビーズを、お子さんと一緒に繋げたくなりませんか。お子さんの笑い声を空色のビーズに、お子さんの笑顔を桃色のビーズに、お子さんの輝く瞳を緑色のビーズにして繋げたら、みなさんのご家庭に素敵なビーズのレイがいっぱい出来ますよ。
でも糸を補強することもお忘れなく。しっかりした糸で導いてくれる人がいるから、お子さんの笑い声も笑顔も輝く瞳も見つけられるのですものね。
さあ、お父さま、お母様、お子さんと素敵な思い出を一杯繋げていってくださいね。お金をかけなくても、自然を観察する目があれば、ユーモアを解するセンスがあれば、照れや見栄をすてて童心に返る心があれば、日常生活の中に結構思いで作りの材料があるはずです。
今夜はどんな思い出をお子さんとつくられますか?
私も楽しみにしております。
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ハワイの旧正月
今年2月9日は旧正月と、ハワイのカレンダーには記されています。ホノルルの市庁舎があるダウンタウンの西隣一角はチャイナ・タウンがあり、中国系の人達の経営するお店が建て込んでいます。息子が小さい時に、旧正月の日にこのチャイナ・タウンまで出かけたことがあります。爆竹の音と煙、そしてライオン・ダンス(日本の獅子舞の様です)に多くの人達の興奮が渦巻き、中国人のエネルギーを感じさせられました。ライオン・ダンスのライオンの口に皆が次々とお金を入れるのです。日本で言うご祝儀なのでしょう。最近は日本でも御神輿保存会が発足して、神輿の担ぎ手が若い人たちの間で増えているように、こちらのライオン・ダンスも若い人たちに継承するように努力されているようです。そろいのT-シャツを着た若者や子ども達が、チャイナ・タウンを遠く離れたこちらのショッピング・センターまでやってきて、ライオン・ダンスを披露してくれます。白人の店主たちが、ライオンの口にお金を入れて中国の赤いお札を有難そうに店に飾る光景を見るのは、なんとも微笑ましいです。その店にはすでに日本の招き猫が何匹か並んでいたりするのですから、、、、。私には、中国人の同僚が持ってくる正月菓子を賞味できるという、おまけもついてきます。
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2005年01月18日
第18回 「家庭教育の重要性」
新年おめでとうございます。皆様お健やかにお正月を過ごされたことと思います。
本年もお付き合いの程、どうぞ宜しくお願いいたします。
昨年に続きハワイのお正月は雨降りでした。折角お正月休みに常夏のハワイに来られたのに、太陽の顔を見ずに帰られた観光客の方も多かったようです。お気の毒でした。
今日は久々の晴天で、水平線がくっきりと見えるハワイ晴れです。この静かな水平線がいきなり盛り上がる津波を想像すると、インド洋沿岸で津波の被害に合われた方々の恐怖心が伝わってきます。亡くなられた多くの方々にお悔やみを、被害に合われた方々に心からのお見舞いを申し上げます。過去の教訓から、太平洋沿岸地域には津波警報システムがしっかりと出来ているようです。インド洋沿岸にも、このシステムが一日も早く導入されますように。そして、被害に合われた方々が、平和な日々を一日も早く取り戻すことが出来ますように。
自然の威力の前にあっては、人間の力は、本当に微々たるものですね。そのか弱い力を、偉大な力に変えるのには人間の英知が必要です。幾たびも繰り返される河川の氾濫を食い止めるために、川沿いに松を植える知恵を唱えたのは二宮金次郎でした。私の小学校時代には、薪を背負いながら本を読んで歩いている二宮金次郎の銅像が何処の学校の校庭にもありました。木造校舎が、鉄筋のビルに変わった頃から、校庭も狭くなり、二宮金次郎の銅像も姿を見せなくなったようです。
(二宮金次郎についての詳細は次のウエーブ・ページでどうぞ。)
http://www.ai-trip.com/trip/kinjiro/
http://www.terumori.jp/ninomiya.html
人間の英知を集めて、今インド洋沿岸諸国では復興の歩みを始めていますが、未来を築く多くの子ども達の被災は本当に心が痛みます。
子どもが育つ為には生きる為の必需品を親が用意する必要があります。食べさせること、着させること、そして安全に休める場(医療もこの分野に含めます)を確保すること。衣食住の確保は、人間誰にとっても最低限の生活権利としての必需品であり、親が子どものために確保出来なければ、社会が、国が、確保を要求されます。被災地の子ども達の救援のために、国連諸機関の中では先ずユニセフ(国連児童基金)が動き衣食住の確保をするのです。つまり、ユニセフは親代わりとなって子供たちに安全な生活圏を確保するために活動をします。
(日本におけるユニセフ協会:http://www.unicef.or.jp/)
次に子ども達に必要なのは教育です。教育には、家庭教育、学校教育、社会教育があることは再三ご説明しておりますが、被災地における援助で、ユニセフの緊急援助の次に活躍するのが国連機関の中ではユネスコです。ユネスコ(国連教育・科学・文化機構)が長期計画をもって子ども達の自立とコミュ二ティーの復興の為に活動します。
(日本における民間ユネスコ活動:http://www.unesco.jp/indexb.html)
ユネスコは必要に応じて3つの教育に従事することがありますが、私たち個人の家庭においては「衣食足りて礼節を知る」との教えがあるとおり、衣食住の生活圏が確保出来たら、次に親の役割はモラルを教え、礼儀や節度を教える家庭教育に励まなくてはなりません。もちろん、身(自身)を美しくさせる躾(しつけ)も家庭教育の賜物です。
家庭を失った子どもの悲劇は、生活圏は得られても家庭教育を習得する機会を失う悲劇です。
お父さん、お母さん、皆様の英知を発揮して忍耐強くお子様の力を伸ばして上げて下さい。お子様にとって家庭は本当にかけがえのない世界ですし、世界にとってはどの子もかけがえのない未来の地球人ですから。
椰子の実
火山の噴火で出来た島、ハワイ諸島にはハワイオリジナルの植物は何もありません。今でこそハワイのイメージそのものになっている椰子の木も、島崎藤村の詩「椰子の実」http://www.asahi-net.or.jp/~LD3T-NSKW/tbyashij.htmlのように波に運ばれて来てハワイの島に辿り着き生殖を始めたか、南国からの移民の人によって持ち込まれたものかは定かではありませんが、いずれにせよ海の彼方から運ばれてきたものです。椰子の木の実は大変硬く、これを鉈ですっぱっと切るのには特殊な技術がいるようです。観光地では、椰子の実にストローを挿してジュースが飲めるようにして売っています。私は余り好物ではありませんが、好きな人も結構いるようです。今回の津波の被災者で6日間海に漂流していたインドネシア男性は、椰子の実のジュースで命を繋ぎ生還しました。南の島にとっては、やはりなくてはならない植物です。
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2005年01月17日
第17回 「なんで英語を学ぶの?」
ALOHA! ヨーロッパ各地の知人達から、長くて寒い太陽のないヨーロッパの冬の到来を告げる便りが届くようになりました。
以前ハワイの子どもたちに、冬の間太陽を恋しがる北欧の子どもの話をしたところ、大変興味深く聞いてくれました。ハワイの子どもたちには、何ヶ月も太陽が顔を出さないことは、信じがたいことなのです。ヨーロッパの冬を体験すると、冬でも太陽が拝める日本やハワイは、本当にありがたい恵まれた気候です。
さて、日本における英語熱は相変わらず高いようですね。
「短期間で英語がしゃべれるようになる」とのキャッチ・フレーズは、アメリカの「短期間で痩せられる」とのキャッチ・フレーズ同様に、日本では多くの人を引き付けるようです。
アメリカ経済が世界経済を大きく影響するようになり、英語が国際語としての地位を確立してしまった以上、国際間のコミュニケーション手段としての英語習得にはそれなりの意義があると思います。しかし、英語を学習することと、日本語をおろそかにすることは、異なるはずです。むしろ母国語を豊かに使いこなせる人の方が、コミュニケーション・技術も向上し、英語の習得にも拍車がかかります。
私は、以前から日本人観光客の使う日本語が気になっておりました。暦が日本語で言えない(ついたち、ふつかではなくいちにち、ににちとう)、数が正確に表現出来ない(紙を一個と数える)や敬語をオーム返しに使う等。そしたら最近の報道で、日本人大学生の日本語力が日本に留学している外国人留学生よりも劣ると警鐘されていまた。これは大問題です。
お父さん、お母さん、お子さんに綺麗な正しい日本語を一杯聞かせてあげて下さい。本や詩を読んだり、歌を歌ったり、言葉遊び(しりとり、伝達ゲーム、カルタとり等)をしたりして、生きた美しい日本語を一杯浴びさせてあげて下さい。きっとお子さんの脳細胞の隅々まで刺激を与えてくれると思います。
私がスイスでフランス語を学んでいた時、日常会話や下宿のマダムとは仏語、友達とは英語を使い、日本語を使う機会が全くありませんでした。
ある時、夢の中で何語で自分を表現しようかともがいている自分を知り、夢の中で全くどの言葉も
出ない失語症に陥った自分をみました。
夢から覚めて、いやな予感がしました。
その後、ある機会に日本女性と出会い、二人でお互いに思い切り日本語で深みのある会話をしました。
途端に、脳のさび付いていた一部の歯車が、カラカラと回りだしたようでした。実に爽快でした。
その後英語も仏語も苦痛でなくなり、失語症の夢も二度と見ませんでした。
今からでも遅くはありません。お子さんとご一緒に、美しい日本語探しごっこを楽しんで下さい。
本年も一年間お付き合いいただきありがとうございました。
2005年の皆様とご家族のご多幸と、地球の平安を心からお祈りいたします。
来年もお子様たちの笑い声が地球にいっぱい響き渡りますように!
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メレ・カリキマカ!これはハワイ語のメリー・クリスマスですが、ハワイでは宗教色抜きで年末の挨拶言葉になっていす。多民族社会ハワイでは民族ごとにお祝いが異なりますが、年末だけは一緒です。そして、民族を超えてハワイ語が生かされるという、面白い習慣があります。最近ハワイでも地球資源の問題が深刻になり、good for INA と英語とハワイ語(AINAとは大地とか自然、地球のこと)を混ぜた言葉が頻繁に聞かれるようになりました。それでは、皆様メレ・カリキマカ!
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2005年01月16日
第16回 「生かされる生き方」
Aloha! 日本では秋たけなわでしょうね。あちらこちらで見つけた小さい秋がだんだんと大きく広がった頃ですよね。それにしても今年の夏は台風が多かったですね。その後を追って、新潟地震。被災された方々、そして怖い思いを体験された方々、お見舞い申し上げます。
ハワイでも朝夕や曇り空の日には風が冷たく感じられます。太陽が顔を出せば、すぐ熱くなるのですが、、、、、あらためて太陽エネルギーの偉大さを知らされます。こちらでは、ハロウィーンが過ぎて感謝祭の飾りが季節を告げますが、気の早い商店では、もうクリスマスの飾りが出ています。
先日、ワシントン州の大学に在籍している馬の大好きな次女が、馬の出産に遭遇した話しをしてくれました。小さな大学都市の郊外に広がる農牧地帯を彼女が自転車で通っていたら、馬が横になっているのを見つけたそうです。具合が悪いのかと心配した次女が近ずくと、何と昼間の大地の上で子馬が誕生するところだったそうです。無事出産を見守った娘が感動して、その場を去り、暫くして同じ道を戻ってくるとまたまた感激!生まれたばかりの子馬はすでに4本足で立ち、母馬と一緒に小走りしていたそうです。
色々な動物の成長を観察すると、人間の成長は大変時間がかかるようには思いませんか?親を離れてひとり立ちするまでの時間は、それぞれの生物ごとに持っている時間の計算が異なるのでしょう。
蝉のように数年間も土中で生息し、土から出てさなぎになるや否やほんの数日の寿命の生物もいます。大自然の中には様々な時間が存在します。宇宙時間もあれば、人間の決めた日常の時間もあります。
同じ人間の決めた時間、(つまり1年が365日、1日が24時間といった時間の概念)でも、ときとしては大変早く時の動きを感じることもあれば、その逆に大変遅く感じることもあります。
つまり生きるということは、自分が生かされている実感の継続が時間のレールの上を走っていることなのでしょうね。
そして子どもを育てるということは、子どもに生かされている親の実感を認識することなのでしょう。時には楽しくもあり、時には悔しくもあり、時には狼狽もあり、時には怒りもあり、、、、、子どもと同じ時間のレールの上を走りながらも、その時々によって速度の感じ方も違ってきます。
3歳児のお子さんとは3歳児であればこそ親の生かされ方があり、5歳児のお子さんとは5歳児であればこそ親としての生かされ方があります。親子関係は育児の時だけではなく、一生そして次の世代にもつながってゆく時間のレールの上を走っているのです。生きている、生かされているという実感が多くあるほど、人は充実した人生に満足するようです。
今日、日本にいる90歳の私の父から貰った91歳の田口八重さんの著書「おこしやす」を、私は読み終えました。人間誰しも生かされているという実感は、年を取れば取るほど鮮明になるようです。
お父さん、お母さん、自分のお子さんにご自分が生かされていると感じたことはありませんか?
この子を守ってあげたい!とか、子どもが生きがい!とか、子どもがいて良かった!とか思う
気持ちはお子さんに生かされているためなのです。
今夜はお子さんと素敵な夜をお過ごし下さい。
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フラダンス日本でも中高年の女性の間で人気のあるフラダンスは、大きく分けて古典フラとモダン・フラがあります。古典フラは、日本文化で比較するなら古典歌舞伎のようで、言葉、動き、楽器、スタイルもしっかりと型にはめられています。歌舞伎は物語を演じますが、古典フラは神々に捧げる物語を舞うのです。西洋文明がハワイにやって来て移民を世界中から受け入れるようになると、楽しむ為のフラダンスが生まれました。これがモダン・フラです。古典フラの動きの基本から発展して、動きも、内容も、衣装も、様々な文化の影響をうけて実に豊かです。日本舞踊を習わせるように、お子さんをフラ・ダンスの教室に通わせる親もいます。
日舞の名取と同じように、フラの先生にも特別な格があり、その世界ではしっかりとした上下関係があるようです。
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2005年01月15日
第15回 「大切なものを大切に」
ALOHA! 世界のあちらこちらから、紅葉のたよりが届くようになりました。
アメリカ本土のワシントン州はもうすっかり秋もふかまったようですし、
ヨーロッパのアムステルダムでも紅葉の美しい季節となったようです。
日本の紅葉というと、私は真っ先に紅色のもみじと黄金色のイチョウを思い出します。ハワイでは紅葉を楽しみながら季節の移り変わりを知らせてはもらえませんが、スパーマーケットに漢字で梨とかかれたペアが並びハロウィーンの商品やカボチャが並ぶと、秋の到来を知らされます。
人にとって大切なものは、その時代、心情、生活環境等によって様々に変わりますよね。高校時代私にとっての宝物は、国連マークの付いたエアー・メイル
(航空書簡)でした。当時「国連ガイド」になりたくても、相談相手もなく情報も殆どありませんでした。40年ほども前のことですから、もちろんインターネットもありませんでした。そこで思い切って、ニューヨークの国連本部に問い合わせの手紙を出しました。その返事が届いた時の驚きを嬉しさ!国連本部の広報部にすれば問い合わせに応答した当たり前のことではあったのでしょうが、私にとっては「この世の中、自分の気持ちを現したら何処かに受け止めてくれる人がいるのだ!」との感動まで伴なって届いた、国連マーク付きのエアー・メイルでした。その後数年間、この宝物は私の手元にずーとありました。
他人にとってはたわいのないものでも、本人にとっては大切なものって沢山ありますよね。子ども達も同じです。大人にとって大切なものでも子どもにとってはつまらないものであったり、子ども達にとっては宝物であっても大人にとってはガラクタであったり、、、、、、、、、。
今はワシントン州の同じ大学に在籍している私の娘二人が、日本で幼稚園に通っていた頃、ママゴト遊びに夢中になっていました。泥に水を加えては、パイやケーキを作り、木の葉、木の実、小石や小枝で、パイやケーキを飾り立てては悦に入って満足していました。その頃の娘達にとっては、河原で見つけた美しい小石や海に行った時拾った変わった形の貝殻が大切に小箱に入れてありました。道端で見つけた美しい鳥の羽を、大切にしていた時もありました。自然からの贈り物は、彼女たちにとって捨てがたい大切なものでした。
一方、当時流行していた高価なおもちゃは、めったに娘達には与えませんでした。
経済的理由もありますが、年いった親の目には、子供心を奪うプラスチック製の消費一辺倒のおもちゃには、財布の紐をきつくしたものです。温もりのある木製のおもちゃや工夫を凝らした創作おもちゃには、逆に私の財布の紐はゆるんでしまいます。たまに見つけるおもちゃに娘達は大喜びし、大事にあつかい、おもちゃも長持ちしました。主人も私も昔人間ですから、包装紙、紐、空き瓶、空き缶の再利用を率先しました。物を大切に使うことを考えるようになると、地球資源を大切に使うことにも気ずくようになります。
その子にとってその時の大切なものを尊重して上げることは、とっても大事なことです。他人の大切なものを尊重することを学びますし、いずれ、皆にとって大切なもの-命、自然の恵み、地球環境・資源等―を大切にする心を育ててくれるからです。
お子さんの大切なものをしまっておく引き出しを、時々そっとのぞいてあげて下さい。そこに何が入っているのか、お父さん、お母さん、知っててあげて下さい。
お子さんが自分のお部屋も引き出しも持っていなければ、お子さんの心の引き出しを開けて下さい。なにげない会話の中から、心の引き出しを開けるチャンスがあるはずです。大切なものが理にかなったものなのか見極めた上で、お子さんの大切なものを尊重してあげて下さいね。もしも、理にかなわない、腑に落ちないものがお子さんの引き出しの中に入っていたら、それをとっておく理由を親として知るべきです。こういう時は決して感情的にならずに、冷静になってお子に尋ねて下さい。お子さんの真っ白な、でも小さな心に疼いていた痛みを見つけ出すこともできるのです。
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ハワイの州立図書館
ハワイにきちんとした住所をもつと、州立図書館の書籍やビデオを借りれるカードを発行してくれます。カードを持っていなくても、図書館には誰でも自由に入れます。ただし、飲食は禁止ですし、他人に迷惑になるようなお喋りも禁物です。一番大きな州立図書館は、ダウンタウンにありホノルル市庁舎とアメリカ唯一の王宮であるイオラニ宮殿の間にある州立図書館本館です。
ここには日本語・韓国語・中国語の書籍のコーナーもあります。私はここの中庭にある椅子とテーブルがお気に入りです。風通しが良いですし、静かですし、しかも誰にも邪魔されずに好きな本を好きなだけ読めれます。お子さんの児童書読書コーナーもあるので、観光地とは異なるハワイを体験されたい方にお薦めです。余談ながら、こちらで本をかりると3週間の期限で、借りる数に制限はありません。お陰で私はいつも10冊20冊と抱えて図書館を出てきます。
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2005年01月14日
第14回 「最近、思いきり笑ったことがありますか?」
Aloha! 今年の夏から秋にかけて南半球の海水の温度が異常高騰したようで日本では台風の当たり年、アメリカ(正確にはカリブ海)ではハリケーンの当たり年となってしまいました。ハワイの夏も、例年よりも不安定な曇り空が多かった気がします。日本ではもう残暑の頃でしょうか?暑い夏だったそうですから、残暑が短いといいですね。
最近は暗いニュースが毎日のように報道され「テロ」という言葉が日常用語になりつつあり、大変残念なことです。毎日緊張の連続、毎時間心配の連続、毎分不安を抱く連続では、どこの国民でも、民族でも、人間の精神は磨り減って心がすさんできます。それがどういう状態かというと、すぐに「きれ」てしまう人間になります。「きれ」て他人に攻撃的になるか、自分に刹那的になり自殺を考えるケースさえも生じかねません。このように自分を「きれ」やすい状態にさらさないためにも、世の中の出来事の正悪を判断する力、自分の人生を前向きに考える力、自分と他人や社会との関わりを肯定的に築ける力を養う必要性が、特に現代人には一人一人に要求されているようです。でも忙し過ぎたり疲れ切ったりした心では、これらの力が養えません。
そんな時何よりもの心の癒しは、笑いです。特に子ども達の屈託のない無邪気な笑いは、だんとつの特効薬です。
大人になると様々なしがらみに縛られ、笑いも、周囲への配慮からの含み笑いであったり、笑える動機も解らず単に周囲につられての笑いであったり、一人で妄想の世界に戯れる忍び笑いであったり・・・、
そんなこんなで天真爛漫な心で笑える機会が減ってしまいます。
でも、子ども達の真っ白な心が、理屈なしの楽しさに感動して上げる笑い声ほど天真爛漫な笑い声はありません。「笑う門には福来たる」
という日本のことわざがありますが、やはりれっきとした根拠があるのです。こちら多民族社会にも、民族間のギスギスを笑いの潤滑油で吹き飛ばしてしまうような笑い話が多くあります。
幼稚園児をお持ちの皆様は、この笑いの特効薬を身近におもちなのですから、羨ましい限りです。お子さん達の屈託のない笑いの渦の中に思い切り飛び込んでください。涙を流すほどに笑った後には、きっとご自分の心が軽やかになったのを感じるはずです。
我が家のように子どもがティーンエイジになると、子どもを正しく大人の世界に導かせるために親の頭脳作戦を要求されるので、単に子どもにつられて笑ってばかりもいられなくなります。時には14歳の息子と腹を抱えて笑うこともありますが、近所の子ども達や通りすがりの子ども達の屈託のない笑いから、心の癒しを分けてもらうことも多いです。
子ども達の屈託のない無邪気な笑いは、幸せの象徴です。そんな子ども達の笑い声が失せないようにするのが、私たち大人の責任です。
こんなに素晴らしい心の癒しを与えてもらえるのですから、子どもの笑い声を守るのは当然の大人の責任ですよね。
今夜は思い切りお子さんと笑いあって下さいね。
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ハワイのコメディアンと笑い話
有名なフランク・デリマは、ハワイの学校に出向いて様々な笑い話を披露しています。 彼自身様々な民族の混血で、様々な文化への造詣も深く多民族社会におけるコメディアンとしての自分の役割も良く心得ているようです。
「神様があなたの願い通りの鳥に変えて上げると3人の人に言いました。アメリカ人は鷹と言って、空に雄雄しく飛び去りました。日本人は鶴と言って、空に優雅に飛び去りました。ポルトガル人はペンギン鳥と言って、海にポチャリと落ちました。」(注:ハワイにはポルトガル人をからかうジョークが多いですが、これはプランテーション時代に砂糖農場主の白人たちから、白人であったポルトガル人が同じ移民である東洋人達を監督する仕事を与えられ優遇されていたその時のひがみが反映しているようです。)
次は、デリマの作品ではありませんが、映画タイタニックが上演された後作られたジョークです。
「沈没しかかっている船に残っている人達に救助隊がやって来ましたが、アメリカ人、ドイツ人、ブラジル人、日本人の4人が怖がって海に飛び込みません。そこで救助隊員がアメリカ人に、-お前には保険がかかっている!と言ったらアメリカ人は海に飛び込みました。-これは命令だ!と言ったらドイツ人は飛び込みました。ブラジル人には、-飛び込むな!と言ったら飛び込みました。日本人には-皆飛び込んだぞ!と言ったら飛び込みました。そして、4人全員が救助されました。」(注:ハワイではこれらのジョークをお互いに笑って済ましてしまいます。目くじらを立てるようでは、多民族社会に生活できません。ハワイに住むとハワイ人になってしまい、自分の民族を客観的に見れるようになるようです。)
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2004年08月20日
第13回 「親の責任」
ALOHA! 皆様楽しい夏をすごされましたか?
日本からの海外渡航先で、この夏最も人気のあったのがハワイだそうです。一応アメリカ合州(衆)国の一部なのですが、日本語も良く通じるので日本国ハワイ県と勘違いされる日本の方も多いようです。確かにご家族で日本からハワイに来られる方々が毎年増加しています。しかも親御さんの年齢は毎年若くなっているようです。子供がある程度の年齢に達してからご家族揃ってハワイに来られるのではなく、親御さんが行きたい所には乳飲み子でも連れてゆくとの考えなのでしょうか?子供連れで気軽に出かけれる時代の風潮もあるようです。
幼稚園児の年頃は、もうオムツもミルクも持ち歩かなくって済むし、様々な見聞に率直に反応を示してくれるので海外に連れてゆくのには理想的な年頃の始まりだと思います。親御さんたちは躊躇しても、お子さん達は躊躇せずに「アロハ!」(こんにちは!)や「マハロ」(ありがとう)と現地語で大きな声で挨拶してくれます。ついこちらも言葉を返したくなりすよね。ハワイの明るい太陽光線とやさしい風に開放されたお子さん達の元気なエネルギィーから、こちらまで元気をいただかせてもらっております。こういう明るい元気印のお子さんの親御さんは、お子さんとのコミュニケーションも家庭での躾も上手にしていらっしゃるようです。
ただ中には困った親御さんも時々いらっしゃいます。以前にもお話しましたように、お子さんの教育には、人間生活の基本を教える家庭教育、他者との関係や社会ルールを学ぶ社会教育、学問知識と集団生活を学ぶ学校教育がありますが、これらの3教育の区別がつかない親御さんがいらっしゃいます。
例えば、公の場で子供が他の人たちの迷惑になるような行動(勝手に騒いだり、走り回ったり)をとったら注意するのは大人の責任です。私がそのような子供たちの行動を説得して制止すると、そばにいた親は気づかなかったことを侘び私にお礼を言います。ハワイはそれが通常で、これは社会教育としての大人の責任です。ところが、日本から訪れている親御さんの中には、注意する私をにらみつける方もいらっしゃいます。そして「やめなさい!あの人に怒られるから!」と言うような態度をとります。お子さんもその時だけは行動をやめても、こちらの目を盗むようにして、又同じ行為を始めます。親御さんは見て見ぬふり。こうなると、私はその親御さんの家庭教育における親の責任を疑ってしまいます。
こちらでは、未成年者に対する親の責任は日本以上に徹底しています。12歳以下の子供を、18歳以上の保護者・責任者なしに車やホテルの部屋に残しておくと親の責任を法律で問われます。この年齢は日常的な危険や非常時の危険に対する判断が出来ない年頃なので、判断出来る大人を側に置いておかない以上は親の責任を追及される訳です。
以前日本にいた時、近所の子供たちがマッチで遊んでいるのを通りかかった主人が見つけ、英語であったためか、言葉で言っても聞かない子供たちの危険を察した主人が、火のついたマッチを持った幼児の手を払ってマッチを落とさせ火を消しました。そうすると現場にいなかった親達が警察に「子供が暴力をふるわれた」と通報し、警察官が我が家に来たことがあります。私たちは警察官を家に招き、じっくりとこのケースを話し合いました。その結果彼らのアドバイスは、子供への注意には体への接触は避けた方が良いとのことでした。警察官でも、体に触れると問題になるとか。
でも、ケースバイケースがあるのではないでしょうか。私も主人も警察官の常識も説得性もないアドバイスに、呆れてしまいました。火のついたマッチで遊んでいる子供を説得している間に、マッチ棒が短くなり「熱い!」と子供たちが火のついたマッチを投げたらどうするのでしょうか?その火が、近くに散らかっている子供たちの食べたお菓子の包装紙に引火し、風がその包装紙を舞い上げたら、、、。火事さえ起こらなければ、親の責任は全く無いのでしょうか?子供の手の届くところにマッチを置く、その危険性を教えていないのは、親の責任です。でも、親に一日中子供から目を離すなと言っても困難です。だとしたら、危険を察知した大人の責任です。私たちは、この出来事で、日本の子供に対する社会教育意識の貧弱さに本当に落胆させられました。
私の余計な心配かもしれませんが、家庭教育における親の責任の怠慢を棚に上げて、何か起こると社会や学校に責任を追及する親御さんが日本で増えているようですが、、、、。「幼稚園ねっと」を通してお子さんの未来を真剣に考えていらっしゃる皆様方には私の心配は無用ですが、もしも周囲にそのような方がいらしたら何かの方法で気づかせて上げて下さいね。子供は未来社会を築くための、みんなの大事な投資(英語的表現ですが)なのですからね。
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ハナウマ・ベイ
私の住んでいるオアフ島の東部には、火山の火口が波に洗われて出来たハナウマ・ベイ(湾)があります。その湾は、長い歳月が培った珊瑚礁が生息し、古代ハワイ王族しか訪れることのない神聖な場所でした。時代が変わってエルビス・プレスリーの映画「ブルー・ハワイ」でハナウマ・ベイが紹介された頃から、観光地として一躍有名になりました。現在では珊瑚礁保護のために、色々と規制もありますが、スノーケルをつけて魚たちと泳げれるこの美しい湾には是非一度訪れて下さい。指定された魚の餌を買って水辺で魚たちと戯れるのも楽しいですよ。
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2004年07月20日
第12回 「ハワイの夏の子供向けプログラムの状況」
ALOHA! 日本ではもう夏休みですね。ハワイを訪れる日本人観光客も、最近では家族連れが大変多くなっております。日本の学校(大学を除く)の夏休みは40日間というのが一般的でしたが、最近は日本でも各学校・幼稚園で様々な夏休みの長さがあるのでしょうか?
こちらの学校は、ご存知のように秋から始まり6月初めに一年間のコースが終わります。ですから9月から始まる学校ですと、3ヶ月近くも夏休みがあるのです。これは学習習慣を失い易く、良くないと、最近ハワイの学校では異なるキャレンダーを採用する学校が増えております。つまり夏の休日を冬休みや春休みに振り分けて、8月から始まるキャレンダーを採用しています。それでも約2ヶ月ある夏休みは、親にとって嬉しくもあり、忙しくもあり、頭痛の種でもあり、、、、、特に働いている親にとっては大問題です。
ハワイには働く親が半数以上おります。夏休みになると親類や友人を頼って親の国やアメリカ本土を訪れる子どもが増えます。ですから夏休みになるとハワイでは子供の姿が圧倒的に少なくなるのです。
又、子どもが夏休みの間通えれる、公立のサマーファン(楽しむことを目的としたプログラム)やサマースクール(学習を目的としたプログラム)が一ヶ月半ほどあります。私立の施設ではもっと時間の長いプログラムもあります。
最近日本から子どもの英語学習のために、夏の間のプログラムに子どもを参加させる目的でハワイに滞在する若いお母様が増えております。日本のインターナショナルスクールでは、日本人の生徒が急増して英語学習が危ぶまれると聞いておりますが、ハワイも似たような現象が起こっております。
ハワイに住んでいる親達で子どもをこのような私立の夏のプログラムに参加させている親達は、子どもをこのようなプログラムに参加させても仕事のための時間を作る必要がある経済状況の家庭もあります。ハワイにおける幼児教育施設の費用は、こちらの生活費の中でも大変高く、共稼ぎ夫婦の一人分の給与が子どもに取られてしまうと嘆く親も多いのです。
ところが日本から夏休みにハワイ滞在する日本人家族は、かなり経済的余裕のある家計の家族が多いので、プログラムで必要となる諸経費は快く出資するし、子どもの持っているものも現地の子ども達より高価なものが多いです。ですから、プログラム主催者は当然利益率の良い日本からの参加者を積極的に募ります。
でも私の考えでは、これらの状況の中で双方の子どもにメリットのある状態は、80%以上が現地の子どもの属しているプログラムが理想的です。(念のため、夏の子供向けプログラムは現地の子供たちにとって、親の都合だけでなく、友達が少なくなる夏の間の大事な社交の場でもあるのです。)
日本からのプログラム参加者が全体の20~30%になったら、これはもう日本社会の延長と同じです。英語学習どころか、子供同士も日本語に頼ってしまうし、親達も日本人の親たちがいることに頼ってしまって、日本社会以上に狭い村意識を形成しかねません。その中で英語の強い親に他の親たちが当然頼るようになり、折角ハワイまで来たのに必要以上の気使いや、狭い人間関係の噂や感情のすれ違いに嘆いたり悔やんだりしたのでは意義がありませんよね。
以前身体障害をもった日本女性がハワイ大学の英語クラスを受講した時、私は彼女とお話したことがあります。彼女のクラスのほとんどの受講生が日本からの留学生だったそうです。彼女はそのクラスメイト達から日本にいた時以上に強い差別を受けて、英語の学習どころか心に深い失望を受けてハワイから帰りました。これは大変残念な例です。
勿論自分の子どもに何を体験させ、何を学ばせたいのか、その選択は親御さんがするのですから、どのようなハワイ滞在にするのかはそれぞれの親御さんの考えがおありでしょう。
この夏日本からハワイに来られるお子様達が、ハワイ滞在が短くても長くても、地球色の海に感動し、貿易風と心から戯れて、ハワイで接する異なる文化や人に暖かい理解をしめし、親御さんともども素敵な時間を過ごされるように、、、、、それが私のささやかな願いです。
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シーライフ・パーク
私の住んでいる東ホノルルを抜けて裏オアフに入る岬は、マカプウ岬と呼ばれ風光明媚な観光名所でもあります。この岬近くに、海洋生物と楽しく接することを目的に建設されたシーライフパークがあります。水族館というよりもテーマパークです。私が以前訪れたときには、サメのお腹から発見された物が陳列されており、
「へー!サメってこんなものまで飲み込んじゃうの!」と子ども達と奇声を上げたものです。イルカのショーも楽しかったです。
日本語の案内がありました。詳細はこちらでどうぞ。
http://www.atlantisadventures.com/jp/hawaii/sea/sealife.htm
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2004年06月20日
第11回 「たいくつを楽しむゆとり」
ALOHA! 日本では紫陽花の美しい季節になりますね。雨に濡れた紫陽花の花とその葉に乗っているカエルは、日本のカレンダーの6月の代表的な絵ですね。懐かしく思い出します。この紫陽花、実は日本からシーボルトがオランダに持ち帰り品質改良されて日本に逆輸入されたとも言われております。ヨーロッパにも、ハワイにも似た花がありますが、雨と紫陽花が結びつくのはやはり日本の気候風土が生み出したイメージのようです。
さてこちらハワイでは、ゴールデンシャワーと呼ばれるマメ科の木に見事な黄色い花房が咲き誇る時期です。このゴールデンシャワー、和名はナンバンサイチカと呼ばれていますが、ハワイでは黄色だけでなくオレンジや白の花もあります。風に吹かれてこの花が散る光景は、まるで日本の桜吹雪。こちらの表現では、まさにシャワーを浴びるような気分にさせられるのでこのような名前がついたようです。
昨日大変ショッキングなニュースが日本から届きました。小学生6年生女児による友人殺害が学校内で起こったニュースです。日本の教育関係者は、度重なる児童による凶悪事件の度に色々と対策し関係者の指導をしているようですが、やはり社会の本質的問題が解決されないまま上辺だけの対策や指導には限度があります。教育には、家庭教育、学校教育、社会教育があるのですが、日本において家庭教育がおろそかになってきたのはやはりバブル経済の発展期からのようです。
父親を仕事にとられた家庭で、母親だけの家庭教育がゆがんでしまうのは当然です。時間の問題ではなく精神的に父親の存在が子どもに伝えられていればまだ良いのですが、逆に母親さえもパートの時間にとられ、子どもには塾やら習い事のフルスケジュールを与えて子どもを管理するといった、家庭教育不在の時代があったのです。そしてその時代は、今でも日本社会(正確には日本のみならず、急速な経済発展社会では常に弱者―子どもや老人―が犠牲になります。)にもまだその影が深く残っていると思います。
ハワイに来てある会社でマネージャーの仕事に私が付いてから10年になりますが、英語でマネージ(MANAGE)をする人と呼ばれて初めて私の意識の中にマネージの観念が植え付けられました。
MANAGEとは管理することなのですが、日本語だと管理者となってなんだかふんぞり返っているようなイメージですが、英語だと自分がコントロールできる状態に物事を持ってゆくとなります。ですから職場ですと、人材の確保と教育、経費の収支、経営がスムーズにゆくように設備の点検から日々の業務運営を支障なく遂行するための必要な事項の管理を管理者としての責任の基に管理しなくてはなりません。つまりなんでも屋です。しかも決められた時間内に行なうのですから時間の管理、又自己の健康管理も必要です。こうなると、管理されない自分の時間と空間の必要性が生まれ、その時間と空間を確保する知恵も付いてきます。
子どもの頃は、この管理の概念が全く無く、何もすることが無い時間を「つまらない」とか「たいくつだ」とか言って遊び相手を捜したり、からかってくれる相手を家族(私は大家族の家庭に育ちました)の中に求めたり、それでも誰も見つからないと自然の中に自分を置いて時を過ごしたものです。流れる雲の形をボケーとしながら眺めたり、庭の蟻の動きを飽きもせずに見つめたり、流れる川のきらめきに心を奪われたり、日溜りでごろっとしながらうとうとしたり、、、、こういう時間や空間は子どもの時の特権だっかのかしら、それともその時代の生活の一部だったのかしら、、、、、、、。
いや、今でもちゃんとあるのです。管理されない時間や空間の中に自分を置くその心地良さは「ゆとり」と呼ばれるようになりました。
変化の激しい現代社会で多くの人を管理するのに、つい合理性のみを優先した管理方法が選ばれがちです。でも人間の心や気持ちはそんな単純に合理的に割り切れるようなものではないのですよね。それゆえ、家庭教育が変化の激しい時代こそより重要になってくるのです。
家庭での教育は、人間管理の教育ではなくむしろ脱管理教育であるべきです。社会の集団生活の中で管理され拘束されている人としての心や気持ちを開放できる場が、家庭であって欲しいのです。つまり、父親母親という全く異なる性の狭間でも、又親と子どもの年代の狭間でも、お互いに認め合い必要となる自分の存在を確認できるところが家庭なのです。
ですから、脱管理教育は「甘やかすこと」とは、まったく異なりますし、又「躾」は管理とは異なり良き生活習慣を子どもにつけさせるために親が家庭で
教える必要があります。厳しく躾けていても、親の愛情が伝わっていれば、子どもは不安なく成長します。家庭における自分の必要性はあるがままの自分を受け入れてくれるということでから、家族間でお互いの自我がぶつかり合うのは当然です。それにも関わらず、お互いが必要になり認め合えるところに家族の絆があり愛情が育まれてゆくはずです。
お父さん、お母さん、職場や社会では管理されたり管理したりする人であっても、家庭では管理者ではなく父親母親となって外で管理されて疲れている子ども達に「ゆとり」をあげてください。家族揃った時間がとれたら、なにも人ごみの中に出掛けなくても家族揃って退屈な時間を楽しんではいかがですか?お金を使わなくても良いし、時間に振り回されなくても良いし、、これ以上大人にとってリラックス出来ることはありません。
子ども達ですか?始めは文句をいうかもしれませんが、親たちが自分に向き合ってくれると解れば結構喜んで従うはずですよ。家族揃って庭で食事をするとか、キャンプごっこをするとか、いつもとは異なる生活のリズムを家庭の中に起してみてください。そういうときのお父さん、お母さんの話(失敗談とか、子ども時の思い出とか、自分の親の思い出とか)を幼稚園児であっても子どもは真剣に聞いているものです。そして、生涯覚えています。
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アメリカにある唯一の宮殿
大統領制度のあるアメリカに本物の宮殿があるのをご存知ですか?アメリカ国民の中にはハワイ州がアメリカ合衆国の一部であることを知らない人もいるくらいですから、日本の皆様が「アメリカに宮殿?」と思われても不思議はありません。
アメリカにある唯一の宮殿は、ここハワイ州のホノルルのダウンタウンにあります。カメハメハ大王がハワイ諸島を統一し王朝を成立させましたが、その後今から約100年前にカラカウア王が建てたイオラニ宮殿がそれです。煌びやかな宮殿ではありませんが、質素な中にもハワイらしい趣のある宮殿です。ハワイに来られたら是非イオラニ宮殿の見学ツアーにも参加して、ありし日のハワイ王朝を偲んでみて下さい。
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2004年05月10日
第10回「ボディーラングエッジ」
ALOHA! 日本ではもう新緑の季節になりますね。ハワイでもやっと美しく晴れ渡るハワイ晴れの季節になりました。空気の透明度が高いとなにもかも鮮明に見えて気分まで晴れやかになりますね。つまりハイビジョンの世界になるようです。この空気の透明度(汚染されていない度合い)と人間の気分にはやはり深い因果関係がありそうです。
以前富士山の空気を缶詰めにして富士山の五合目で売っていましたが、いまでもあるのかしら? まあすぐ出来ることとしては、深呼吸をして体の隅々の細胞にまで酸素を充分におくって上げることにしましょう。
何故か最近、日本の新聞の衛星版に頻繁に目に付く広告があります。
この広告のことは以前他の機会にも私は疑問を投げかけたことがあります。
正確な文章は覚えていませんが「抱きしめるという会話をしていますか」といったような内容で日本人の母親が女の子を抱いている写真が掲載されていましたが、、、、、、やはり、私にはぴんとこないメッセージです。
確かに欧米の習慣として抱きしめるコミュニケーションはありますが、今では日本の親子でも抱擁が習慣となりつつあるのでしょうか?あなたは幼稚園児になったお子さんを抱きしめたことがありますか? それはどんな時に、どんな気持ちから生じた抱擁だったのでしょうか?
公共広告機構が広告主である日本のこの広告の趣旨は、親子の愛情のあり方の一つを提示しているのだと思いますが、自分の親からそのような愛情表現を受けたことも無い私にとっては、やはりぴんときません。みなさんの世代は受け取り方が違いますか?
実は私自身は、日本にいた時そんなに子どもを抱きしめたことはありません。
乳幼児の時は勿論抱っこしましたが、幼稚園児になったら私の布団の中に入ってきた娘達と自転車ごっこ(布団の上で寝転がってする私の体操)をしたりしてじゃれ合ったりはしましたが、特に抱擁の記憶はありません。
私が家を留守にする時、家に残る娘達に抱擁しないし帰宅しても娘達を抱擁しない私は、愛情のない母親とアメリカ人の主人には思われたこともありました。でも、私の習慣ではないので私はあくまでも自分の自然流を通しました。その後娘達も日本の外に出て見聞を広め、またアメリカ本土に移って生活習慣となっている抱擁に慣らされてきたのと親元を離れている距離もあるのでしょう、ハワイに戻ると抱擁の習慣を私にも頻繁に求めるようになりました。私も喜んで彼女たちを抱きしめています。
抱擁の挨拶習慣はヨーロッパにいた時私は習得していましたが、それが親子の愛情確認として私に会得出来るまではやはり年月と環境が必要でした。
ところが、ハワイ育ちで英語が第一言語の息子とは、又異なった愛情表現を描いています。息子は姉達とは抱擁しても、私には抱擁を求めてはきません。
私の方から抱擁を息子に求めると、「しょうがないから抱き返すね」となります。それでも以前はもう少し素直だったのですが、チィーンエイジになってますますその傾向が強くなりました。だから私の彼への愛情表現は、今はお料理と彼の夢中になること(車とか、映画とか、女の子のこととか)を聞いて上げることです。それでも、会話の途中で肩をたたいたり、頬を撫でたり、じゃれ合ったりしながら息子の体に触れることはあります。
抱擁以外のボディーラングエッジも色々とありますし、やはりお互いの温もりを伝えることは大切だと思います。
ですから、やはり広告のメッセージをそのまま受け取らないで、自分流に消化して表現しないと大変な混乱をまねきます。「抱くこと」が自分の辞書に記載されていない人は、他の手段で自分にあった愛情という温もりを伝えれば良いのです。子どもと歩くとき手を繋ぐとか、自分の体の痛いところを子どもに触らさせるとか、子どもと一緒になってじゃれ合うとか。
ボディーラングエッジを「体の表現で伝える意思」と解釈すると、日本の生活習慣にはこれがあまり無いように思えます。こちらハワイでは、手のひらを握って親指と小指を立てるシャカサインと言うのが一般化されていますが、これは「こんにちは」とか「ありがとう」とか「いいぞ!」等、受け取り手に対して肯定的な意思を表現するときのサインです。全く反対の否定的で挑戦的な表現を現す指のサインもありますが、異文化圏の人が興味本位でこれらネガチィブなサインを真似ることは絶対禁物です。
又、ポリネシア原住民の子ども達は頭を撫でられて誉められることを嫌うと伺ったことがあります。この例は、オアフ島ではなく昔ながらの価値観がまだ生かされている島で原住民が多いコミュニチィーでの例ですが、「頭部はオハナ(祖先)との交信をする大事なアンテナがあるので、頭を撫でられることでその交信を妨害される」との考えがあるのだそうです。分からないことや不明瞭なことはやはり言葉を使って正しく理解する必要がありますね。
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ハワイのレイデー
5月1日のメイデーはこちらハワイでは、レイデーと呼ばれてレイを首にかける日です。レイをかける習慣はポリネシア人達の習慣から引き継いでいますが、むしろこの日は「ポリネシア原住民の歴史文化を尊ぶ日」と解釈した方が良いかもしれません。公立の小、中、高校では古代ハワイ王朝にちなんで、その年の王と王妃を生徒達の中から選びます。選ばれた王族達の前で各クラスごとにフラダンスを披露するのが、メイデーの大きな学校行事となっています。この日には、生徒達がレイ用の花を各自の庭や近所から集めたり、フラダンス用の衣装を揃えたりします。様々な人種の顔つきの子ども達がお揃いの格好で一緒にフラダンスを踊る光景は、とっても微笑ましいく親たちは夢中でカメラのシャッターを押しまくります。
こちらの公立小学校には幼稚園の年長(5歳児)組からあるので、幼稚園児のフラダンスもとっても可愛いです。
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2004年04月13日
第9回「英語より大切な会話」
Aloha! この4月は日本では年度始めですね。お子さんが入園された方、ご入園おめでとうごさいます。私が日本にいた時、娘二人を入園させてほっとしたことを思い出します。桜の舞い散る下で、私から離れてゆく娘達を頼もしく思ったり、心配に思ったり、、、、、揺れる親心はまるで桜の花びらのようでした。この春同じような経験をされたお母様、お父様、ご心配いりません。お子さん達は、しっかりと大地を踏んで成長しますから、お二人の愛情を春の日のように注いで上げてくださいね。(春の日差しには意味があるのです。夏の太陽のような直接的愛情では、子どもが焼けどしてしまいます。ご夫婦の間の愛情からもれる間接的愛情で子どもはちょうど良く育つそうです。正に春の日で良いのです。)実は私は満開の桜を10年ぶりに満喫して日本から戻ったばかりです。一緒に連れて行った14歳になった息子は、日本の御伽噺(おとぎばなし)の中でしか知らなかった桜を、充分に堪能しました。日本人にとっての桜は、春、門出、出発、不安、希望、と重なり合っているようですね。
日本に行く度に、英語会話上達にかける日本人の熱意に驚かされます。今回も同じです。短期間で絶対に英語が話せれるようになる教材とか、駅前留学の広告も実に素晴らしい口上書きが車内一杯に掲げられていたり、英語の早期教育が益々盛んに浸透している事実も見たり聞いたりいたしました。英語が国際語として通用していることは確かです。英語で自由に自己表現出来ることは、国際社会で一人の人間として活動する上で、無くてはならないスキル(能力)です。ですから、早くからそのスキルを子どもの身につけさせようとする親の気持ちも解ります。ましてや英語が小学校の教科になるとなれば、当然でしょう。
でも私には、手放しでこの傾向を奨励するのには、疑問が伴います。どこの国の人でも、どの国の言語でも、言葉に長けている人には「人間好き」な人が多いようです。まして外国の言葉に長けている人は、「人間好き」プラス「健康的な好奇心(ゴシップなどではない、知識としての好奇心)」を持ち合わせていないと外国語の上達は困難です。そのためには会話を掘り下げる語学力が必要となります。自動翻訳機のように、ある単語や文章を右から左に置き換えるような会話には、やはり深みが伴いません。意思疎通は出来ても、人間としての関わりを深める会話にはなりません。これでは、バスに乗れたりパンを買えたり出来るでしょうが、友達は出来ませんし交渉ごとも実を結びません。
深みのある会話(事実を伝えるだけでなく、何故そうなったか、どうしてそう考えるのか等個人の意見を盛り込ませるように仕向ける会話)を子どもに教えるためには、やはり親子ともに自由に意思が通じ易い言語を使用することが必要です。私は娘二人とはずーと日本語で会話をしていたので、今でも深みのある会話でも私とは日本語です。時々娘達の単語や表現が見つからないと、私の英語力を加えて確認したりします。しかし息子とは英語なので、私の英語力がもどかしくなると会話もギクシャクしてきます。(特にテ―ンエイジャーの今風英語には私はお手上げです。)主人はそれを心得ているので、息子の深みのある会話は、英語で主人が訓練しています。
話をしながら考える。その考えに応じる相手の反応を吟味し又言葉を返す。相手の反応を理解するために確認したり、疑問を投げかけたり、又は違いを指摘して相手の反応を又伺う。会話とはそのように進むものではないでしょうか。英語の単語を覚えること以上に、日本語で深みのある会話をするほうが会話力の育成に大いに役立つとは思いませんか?後に英語を学んだ時、その会話力があれば英会話力は抜群に、しかも容易に会得できるはずです。幼児でも深みのある会話が出来るか疑問ですか?単語は少なくても、彼らの感性は大人の私達以上に豊かですから、大人同士よりも深みのある会話が出来る可能性は大いにあります。今夜はお子さんと深みのある会話にチャレンジしてみて下さい。
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ハワイの花
ハワイには一年中さまざまなトロピカルフラワーが色鮮やかに咲ておりますが、花の種類によって時季はあります。ハワイの州花は黄色のハイビスカスです。
このハイビスカスだけでも、様々な色(赤、ピンク、紫、黄色、白、霜降りや二色のぼかし等)が楽しめますし、大きさや花びらの種類(しわのよった柔らかい花びらや、はりのある花びら等)も様々です。どうやらハワイには花好きの人が多く、品種改良を色々と試みている結果のようです。道端に咲いている花を失敬して髪に飾る女性もいますが、男性もいます。ハワイでは男性にも花が似合います。きっと日焼けした肌と明るい太陽光線の演出のお陰でしょうね。
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2004年03月12日
第8回「親は子どもの鏡」
Aloha! 日本では暖かい冬のようで、もうそろそろ春の到来が感じられる頃でしょうか? 今の季節感は、テレビのニュースやデパート・スーパーマーケットの商品で知らされる事が多くちょっと残念です。私達の生活がそれだけ大自然と遠のいているからなのでしょう。大自然の息吹から、春の到来を直接自分で感じられたら素敵ですよね。こちらでも、同じです。バレンタインの商品がかたずいたと思ったら、お店の店頭にはイースターの商品がずらりと並びました。
古い表現かも知れませんが、「親は子どもの鏡」と言う表現を皆さんも一度は聞かれたことがあると思います。国籍、民族問わず、良く色々な親御さんから「自分が親から言われたように、自分の子どもにも言っている。」というコメントを伺います。それは、躾け方のときのこともありますし、小言を言う言い方のときもありますし、親の心情を表明するときのこともありますが、言ってしまた後に「はっと」気づくことがあります。「おや、これはどこかで聞いた言葉だな?」と思い考えると、自分の親が発信者であることを後から思い出したりするのです。それは自分にとって良い言葉である場合も、いやな思いをさせられた言葉である場合もあり、ケースバイケースですが、自分の親と同じような言葉を繰りかえりした自分に苦笑します。
自分にとっていやな思いをした言葉なら、反省しなくてはいけません。なぜなら、自分の子どもが今度は孫に同じような言葉を繰りかえす心配があるからです。なかなか簡単ではないですよね。私なども、後から娘二人がかりで言われて始めて気づき反省させられることもしばしばあります。“そうか自分もあの状況であのように言われたとき、とっても悔しい思いをしたのに、なぜあの時の親と同じことをするのだろう”と素直に反省できれば良いのですが、“いや、子どもの私には親のあの時の立場が理解できていなかったのだ。この子も親になればいつかは解るだろう”と自分で自分を納得させるケースもあります。正にこの辺の自己問答は、親業の自己訓練のひとつとも言えそうです。
物資の少ない時代に子だくさんの家に生まれ育った主人は、自分の父親の生き方に心から敬服しているようです。「お祖父さんはいつもこう言っていた。」とか、「お祖父さんはこういう苦難にもめげずに生きてきた」とかいう言葉を子ども達に良く言いますし、「父親のあの時の言葉が本当に理解できるようになった」とぽつり私にもらしたりします。
色々な親がおり、色々な性格の子どもがいるのですから、当然親子関係も色々ですよね。夫婦、親子でがたがたしながらも、そのうち我が家風が家庭の中に根づいてゆくようになったら上出来です。隣のおうちとも、友人のおうちとも違っても我が家風に親子ともに愛着がもてるようになったら最高ではないかしら。もちろん、鏡である親が何かに付け本心を子どもに見せ、子どもに映った姿を素直に受け取らないと(ある時は反省であり、ある時は励ましであり、ある時は共に成長することであるかもしれませんが)、我が家風は生まれません。
以上のような点を考慮に入れた上で、一つ実験をしてみて下さい。お子さん連れの時、異文化圏の人に遭遇したら(又は交流会とかの機会でもかまいませんが)あなたはどんな態度や行動をおとりになりますか?鏡であるあなたを見ているお子さんに、それがどのように映ったか後でお子さんと確認してみて下さい。
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ハワイの季節
ハワイには日本のような四季がありません。雨季と乾季になります。11月から 4月頃が雨季で、5月から10月頃が乾季と分けれます。通常は雨季でも、日本のようなしとしと降る雨ではなく、シャワーと呼ばれるさーと降る雨でその後からりと晴れてしまうので虹が良く見えます。しかし、時々しつこいほど良く雨が降る雨季もあり、今年はこのしつこい雨の年のようです。ハワイ諸島は火山の噴火によって出来た島ですから、大雨が降ると大地に浸透するのではなく、山肌を滝のようになって雨が流れ落ちます。こういう年は虹が見えない代わりに山の緑が鮮やかになります。雨季と乾季のハワイでも微妙に季節の変化を感じ取れます。それは、日照時間の長短や、季節ごとにことなる草花や、シーズンごとに異なる催しだったりします。
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2004年02月11日
第7回 「外国人と外人」
ALOHA! 節分も過ぎて日本ではいよいよ本格的な寒さの到来ですね。ハワイには四季はありませんが、乾季と雨季があり現在は雨季のシーズンです。雨季でもシャワーのような通り雨が多く直ぐに南国の太陽が顔を出すので傘も不用ですし、虹が多く見られるのもこのシーズンです。ところが今シーズンは例年になく荒れ模様で、傘があっても濡れるほどのどしゃ降りとなりますし、毎日日本の梅雨のような曇り空が多く虹も見えません。残念です。
さて、今回はタイトルのごとく日本人以外の人の呼び方についてお話しましょう。今日の日本では、日本国籍以外の方達を何と呼んでいらっしゃるのでしょうか?正確には国籍は何処であれ、外見が日本人と異なる方達のことです。10年ほど前は「外人」と呼ぶ呼び方でした。丁寧な呼び方をする方は「外人さん」とか、「外国人の方」とか呼びましたが、普段何気なく口から出るのは「外人」が多かったと記憶しております。しかもこの「外人」と言う呼び方は、時と場合によっては、ネガチィブな使い方をされておりました。例えば「あっ、外人が来た。」とか「外人のくせに!」とか、「変な外人」とか。あなたでしたら、街を歩いていて外見の異なる人とすれ違った時、傍にいるあなたのお子さんがどのような反応をするかご存知ですか? 又、あなたのお子さんがその人のことで何かあなたに質問してきたら、あなたでしたらその人のことを何と表現するのでしょうか?
私の子ども達は日本で生まれ、長女が10歳、次女が9歳、長男が3歳の頃まで日本におりました。長女と次女は日本の幼稚園に4歳、5歳、6歳(次女3歳、4歳、5歳)の間在籍していました。始めは園児達も名前で娘達を呼んでいましたが、5~6歳になると「外人」と呼ぶ園児が増えてきました。5~6歳は、ちょうど自分と周囲の違いに目覚める年頃であり、子ども達は素直にその疑問を周囲から聞こえてくる音や意味を真似る年頃でもあります。何気なく子どもは使う言葉でも、言われた子どもは子どもなりに疑問をもちます。その言葉のニュアンスから、子ども心にも疎外感を感じとるからです。多くの方の事例から、この「外人」と言う言い方は、5~6歳から始まって8~9歳になると減るようです。この年齢は呼ぶ側の子どもの年齢です。例外も勿論ありすし、使い方によってニュアンスが変わることも当然あります。
日本で子ども達の異文化理解のプログラムを主宰していた時、参加していた日本人の子ども同士の会話を私は耳にしたことがあります。 A子「何年日本に住んでいても、外人としか呼ばれないのだからいやになると、 お父さんが言っていたわ。」 B君「外人という言葉は、なんだか地球の外からきた人みたいに聞こえるよね。せめて外国人と呼ぶべきだよね。」(A子さんのお父さんはニュージランド人でお母さんは日本人。彼女は当時11歳でした。B君の両親はともに日本人ですが、彼はニューヨークで小学校に2年通い帰国したばかりでやはり11歳でした。)「外人」を、地球外生物と感じたB君の感性に私は驚きましたが、在日外国人が常時携帯を強要されている「外国人登録証」には英語でエイリアンと書かれています。エイリアンとは正に地球の外から来た生物のことです。さすがにこの登録カードをもらったとたんに日本社会の疎外感を知らされる在日外国人も多いようです。アメリカ人の私のスタッフでこのカードを持っていた彼は、「日本のポリスからカードを見せろと言われたら、僕のアンテナも見せましょうか?と聞くのさ。」とジョークを言っていましたが、このジョークは日本の警察官には通じないかもしれませんね。蛇足ながら、現在私はアメリカで同類の(こちらでの通称はグリーンカードですが)を所有しています。それには、エイリアン レジストレーションカードと書かれています。つまり、日本の外国人登録証のエイリアンはそっくりそのままアメリカ永住権カードの真似であった、と私は察します。アメリカで「アンテナを見せましょうか?」と言ったら通じるか、今度試してみたいですね。
ご参考までに、こちらでは「外人」や「外国人」に相当する呼び方を、人を呼ぶときには使いません。個人の名前か、解らなければ「あの人」と言った表現、どうしてもある特定の人を描写するときに人種的な特徴として「何々系の人」「何人」と表現します。
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ポリネシアンカルチャーセンター (ポリネシアの島々を体験出来るテーマパーク)オアフ島の北東に位置するこのテーマパークでは、お子様からお年寄りまでご家族揃って楽しめ、そして多彩なるポリネシア文化を実際に触れることが出来ます。 http://www.polynesia.co.jpモルモン教の大学が隣接した土地に設立したこの広大なパークは、大学生達のポリネシア文化研究発表の場でもあり、学生達にとってはアルバイト収入を得られる仕事場ともなっています。夜の90分にわたる各島のダンスショーは見ごたえがあります。ご家族でハワイに来られたら、是非訪れて見てください。
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2004年01月20日
第6回 「クレヨンの肌色」
新年おめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
我が家では二人の娘がワシントン州の大学から戻り、皆でおせち料理を作りました。皆様もご家族と共に素敵なお正月を迎えられたことと思います。海外に住んでいる日本人にとって、日本人であることを一番強く感じさせられる時季はやはり年末年始ではないでしょうか。言葉を言い換えれば、この時季に日本の文化習慣が家族との繋がりと共に一番強く生かされているのでしょう。
それは、自分が今属している社会と自分がかつて日本で体験した生活習慣が余りにも異なることから感じる現象とも言えます。下記のハワイのお正月に詳細を記述しますので、そちらも読んで下さいね。
さて、皆さんのお手元にクレヨンの箱がありますか?お子さんのクレヨンの箱をちょっと覗かしてもらって下さい。その中のクレヨンで薄いピンク色でベージュにちかい色がありますか?あったらその色の名前を調べてみて下さい。以前その色は、「はだいろ」と呼ばれていました。「肌の色」の意味の「はだいろ」です。
私の二人の娘が日本で幼稚園に通っていた頃、人間を描くとその色で顔、手足を塗っていました。ところが、娘たちの肌の色はもっと茶色っぽいのです。父親にそれを指摘されて、自分を描くときは「はだいろ」のクレヨンの上から「茶色」のクレヨンを重ねて塗るようになりました。今までそれに気がつかなかった私は、ショックでした。人間の肌の色を「はだいろ」のクレヨンで塗ることに慣れすぎていて、いつの間にか肌の色は「はだいろ」と、概念が自分の中で固定化していた事実を知って、それにショックを受けたのです。日米の子どもの描いた絵を比較すると、日本の子どもの人物画は総て黒い髪に「はだいろ」の肌であるのに対し、アメリカの子どもの描く人物画は髪の色、目の色、肌の色が色々です。
現に私自身も経験がありますが、ヨーロッパ留学から始めて日本に戻った時、羽田国際空港に出迎えに来ている日本人の群集を見た途端に全員が同じ顔に見えてしまいました。目に入った人皆が同じ髪の色、肌の色で、顔も平べったいし……カルチャーショックでした。暫くしてその場の雰囲気に慣れてくると、一人一人の違いが解るようになりました。でもこの時の最初のショックは痛烈でした。
なにしろ地球以外の惑星に着いてしまったのかと、思えるほどでしたから……。
日本の園児達が、周囲の人物を描くのに黒い髪、「はだいろ」の肌を色つけるのはごく自然のことです。でもこの「はだいろ」が、『人間の肌の色である概念』を植えつけて固定化してしまうことは、日本の子供たちが将来色々な国民や民族の人達と接する時に邪魔になるのではないかと、私は心配になりました。
そこで私は、日本のマスコミやクレヨンメーカーに「はだいろ」の名称を変えるように訴えました。様々な関係者の方々が私の指摘に注目し賛同されましたが、私が10年前にハワイに移った後も日本のクレヨンの「はだいろ」の名称は変わっていませんでした。ところが最近、国際結婚グループの方々とインターネットで交信していた時、クレヨンの「はだいろ」が5年程前に呼び方が変わったことを教えられました。アメリカではペイルオレンジとかペイルピーチとか呼ばれていますが、日本のクレヨンメーカーはどの様な名前をつけたのでしょうか?
たった一つのクレヨンの名称でも、子ども達へは大きな影響があることを皆様にはご理解いただけるかと思います。人と自分の違いに気づいてくる幼稚園児は、まだまだ柔軟な思考をもっています。大人の固定観念を植え付けるのではなく、違いと正しく向き合うことを教えて上げることが、大人の役目だと思います。
子どもが自分と異なる人を恐れたり、避けたり、必要以上に興味本位の好奇心を向けたりした時、お父さんやお母さんの言葉や態度で子どもの気持ちが安らぐものです。つまり、お父さん、お母さんが異なる人を恐れたり、避けたり、興味本位の非健康的好奇心で接していれば、お子さんも同じように反応してしまいます。
未来の社会を築く子供たちが、様々な人と対等に接し、建設的に人間関係を広げ、豊かな人生が送れる平和な社会を望むなら、私たち大人が大人としての役目を果たす必要がありますよね。難しく考える前に、先ずはお子さんと一緒に楽しく行動してみて下さい。その方法ですか? 前回お話したように、お子さんと一緒に健康的好奇心を膨らませることです。知らないことがあれば、お子さんの前で相手の人に聞いたり、お子さんと一緒に書物で調べたりしたら新しい発見があるはずです。時と場合によっては、お子さんの意見やイマジネーションを尋ねることによって、あなた自身が新鮮な驚きを受けるかも知れませんよ。
娘たちの幼稚園での後日談があります。長女が卒園の時、次女も幼稚園を辞めることになったので、お別れにクラスの園児たちが次女に絵を描いて贈ってくれました。「マミー、みんなからの絵だけど面白いよ。私の顔は茶色だけど手と足が〔はだいろ〕になっていたり、顔も手も茶色だけど首だけ〔はだいろ〕になっている絵もあるよ。」次女の指摘に私もそのリボンで束ねられた20枚の絵を見せてもらいました。今まで「はだいろ」しかなかった子ども達の『肌の色』の固定観念が、崩れかけた証拠です。次女は大事にその絵の束を抱えていました。その次女は、将来教育者になって色々な国の子供たちに色々な世界のことを教えたいと、目下大学で勉学に励んでいます。
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<ハワイのお正月>
12月半ばになると、スーパーマーケットには竹松で出来た卓上用の門松が少し並べられます。そしてクリスマスが過ぎると、一気にお正月の食材が増えてきます。とは言っても、日本のような賑わいを想像しないで下さい。ハワイ人口の四分の一ほどの、しかもその中でも熱心に日本文化継承主義者のみがこれらの品、雑煮用の餅やみずな(ほうれん草や三つ葉の代用品でハワイでは雑煮に良く使われます。)、ミニ鏡餅、正月用縁起の絵(七福神や鶴亀など)を購入するようです。
私は私流の演出をするので、余りこれらの品々とは縁がありません。又、日本から来ている日本人の方で余裕のある人達は、こちらの日本料理店で本格的おせち料理を予約する人もいるようです。といった具合で、お正月の盛り上がりは日本に比べたら間が抜けたように静かです。大方の人達は、大晦日にパーティーを盛大にするので、もっぱらの寝正月かリラックスの日です。でも、日本人や日本文化のバックグランドにふれている人の中には、テレビの紅白歌合戦を欠かさず見たり、ホノルルにある神社に初詣に行ったりするようです。
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2003年12月20日
第5回 「概念を壊す好奇心」
ALOHA! そしてMele Kalimimaka!(ハワイ語のメリークリスマスで、この時季のハワイでの挨拶言葉です。メレ カリキマカと発音します。) 日本では師走、こちらでもクリスマスのデコレーションが人々の気持ちを急き立てます。熱心な家では個人宅でも豪華なイルミネーションを飾りますし、ホノルルの官庁街は様々なクリスマス・デコレーションで南国のクリスマスを楽しく演出してくれます。さて今日は皆様と「既成概念を壊す好奇心」というテーマでお話をいたしましょう。
ハワイは太平洋の真ん中の島ですから、皆さんのハワイのイメージも海や海岸がほとんどだと思いますが、「えっ!これがハワイ?」という景色に出会うこともしばしばあります。例えば、ハリウッド製作映画のアフリカや中南米のシーンが、ハワイで撮影さていることをご存知ですか? ハワイには熱帯、亜熱帯の植物が茂るジャングルみたいな景色があるのです。全く海の見えない、緑がうっそうと茂った山の中や林に入ると、自分が今地球の何処にいるのか忘れそうです。又、全米で個人所有の一番大きな牧場は、ハワイ島にあり、そこにはハワイアン・カーボーイが西部劇さながらの格好で、今でもちゃんと牛を追っています。
以前私たち家族は谷間にある家に住んでいましたが、そこからの景色は、いつも私にかつて住んでいたスイスを思い出させました。ね、ハワイにも色々なハワイがあるんですよ。人間は常に同じ情報ばかり受信しているといつの間にかそれがその人の固定観念となり、やがて社会概念となって違いを受け容れ難くなってしまいます。つまりハワイと言えば青い海とやしの木のようなイメージしか浮かばなくなってしまいます。ですから、大人になると頭が固い、つまり固定観念で想像力が固まってしまうのでしょう。
でも、子どもの頭脳はその点柔軟です。大人の固定観念を子ども達に植え付けてしまう前に、子どもの頭脳の柔軟性に学びたいものです。子どものように素直に喜怒哀楽を表現出来たら、大人のストレスも大いに減るのではないでしょうか。
しかし、所詮大人は大人としての振る舞いをせざるを得ないようですから、せめて頭脳を柔軟に出来るような訓練をしておきたいものです。そのためには、子どもと同じように好奇心をもつことだと思います。その好奇心も、他人のプライバシーに鼻を突っ込むような興味本位の非健康的好奇心ではなく、知的想像力を刺激するような健康的好奇心でなくてはいけません。
例えば、クリスマスは、皆さんもご存知のように冬の景色、サンタクロースやトナカイも北国のイメージをもたれるのが普通でしょう。でも、ハワイにもサンタクロースがいるとしたら、一体どんなイメージをお持ちになりますか?ホノルル市庁舎前に毎年設置される大きなミスター・サンタとミセス・サンタは裸足になって水に足を浸しながら、道行く車や人達にシャカサイン(ハワイ式手の挨拶で、握った手の親指と小指を立てるサイン)をしています。トナカイの代りにイルカに乗ったり、水着でサーフボードに乗って波の彼方からやってくるサンタクロースもいます。クリスマスツリーはもみの木がアラスカやカナダから運ばれてきますが、本物のやしの木にイルミネーションをつけてクリスマスツリー風にデコレーションするのもあります。今年はとうとう、イミテーションのやしの木クリスマスツリーが発売されました。クリスマスリースを貝殻で作る人もいれば、ハワイアンスタイルのクリスマス・ソングもあります。
私はデンマークやスイスでクリスマスを過ごしたことがあるので、ハワイの南国のクリスマスが中々馴染めませんでした。他のカルチャーをとって付けたようなごちゃごちゃの文化習慣に、ハワイに来たての頃は嫌悪感さえ抱きました。でも、どうやらそれは私のカルチャー・ショックだったようです。年と共によくよく観察すると、知的想像力を刺激される健康的好奇心によって、ハワイらしいクリスマス・デコレーションやクラフトに感心させられるようになりました。
異文化と接するとき健康的好奇心は、とっても重要な役割を果たします。子どものように柔軟な頭脳を維持する訓練のためにも、ここで幾つかの例を上げましょう。
その1.
この季節にお子さまとハワイのクリスマスのイメージごっこをするのも楽しいと思います。私がご紹介したハワイのクリスマスのお話を基に、どんどんイメージをお子さまと一緒に膨らませていって下さい。
その2.
西オーストラリアのパースに住んでいた時、北極と南極が逆さになった世界地図を見つけたことがあります。私たちが北半球で見慣れている北極が上になった地図と異なり、南極が上になった地図を想像したことがありますか?世界が全く違った形に見えます。(これは幼稚園児より少し高学年向きです。)
その3.
ハワイで行なった親子参加の異文化理解プログラムで、北欧の春の話の絵本を読んだことがあります。太陽のない長い冬をすごした人々が、太陽が戻ってくる季節を心から待つ気持ちを語っているのですが、ハワイの子ども達には実に印象深くこの話が受け取られました。きっと毎日太陽を見ている子供たちの知的想像力を刺激したのだと思います。このように絵本を通してお子さんと一緒に異文化体験をすることによって、あなたの健康的好奇心も養われます。(そんな絵本を私のウエブサイトに集めてあります。http://www.shihawaii.com のアメリカコレクションのページです。)
その4.
コスミックカレンダー!今は亡きカールセーガン博士が書いたこのカレンダーは、宇宙の誕生ビッグバンから現代までの150億年を一年の単位で表現しているカレンダーで、地球に人類が誕生したのは12月31日の午後10時30分、人類の記憶している有史は最後の10秒間なのです。あるプログラムで、このカレンダーを具体的に子ども達に教えるために、私はロープの長さを一年にして子ども達に引っ張らせたことがあります。最後の最後に人間の歴史の文字が見付かった時、子ども達は叫びました。『地球をつくるのはこんなに時間が掛かっているんだから、地球を壊さないようにしないといけないね!』子供たちの素直な叫びに私は深く感動させられました。
新しい年、2004年が、皆様とご家族、そして地球にとって平和で健康な一年となりますように心からお祈りいたします。来年もまたお付き合いのほど、宜しくお願いいたします。
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<ハワイの12月>
多民族社会ハワイでは、それぞれの民族によって祝いの行事は様々に分かれますが、一番盛り上がるのはクリスマスです。これは西洋のクリスマスの習慣と東洋の年度末の贈り物交換の習慣が融合した結果です。日本の師走の忙しさがそのままハワイにも起こります。正式には中国の旧正月は2月にあるのですが、中国系の人達は12月31日に盛大な爆竹の音で新年を迎えます。爆竹の音で新年を迎える習慣は韓国系の人達にもあるようで、ホノルルはこの音と煙が大きな社会問題となっております。ペットの動物たちが音に脅えないように、爆竹の火で火事が起きないように(毎年数十件の火事があります)、風のない時は車の運転も要注意。花火や爆竹の煙で視界がさえぎられます。幾ら大きな社会問題でも、中国系、韓国系の人達にとっては伝統習慣。しかも音が大きければ大きいほど悪霊が去ると考えられているのですから、規制が難しいようです。12月のハワイに来られる方、夜のイルミネーションを楽しむのは12月31日だけは避けるようにお勧めいたします。
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2003年11月20日
第4回 「お辞儀と握手」
ALOHA! 日本では秋たけなわの季節ですね。南北に長い島の日本では、地方ごとに秋の特色も異なる自然豊かな国ですが、この自然の豊かさは正に日本人にとって宝物です。この季節にこそ、大自然の恵みに感謝出来る生活、そんな気持ちになれる体験をお子さんに沢山させて上げて下さい。
さて、皆さんの日常生活での挨拶はやはり会釈やお辞儀なのでしょうね。最近は、躊躇せず手を出して握手する日本人の方も増えてはいるようですが、やはり日本社会の中で日本人とする挨拶は日本の習慣に支配されるのが当然でしょう。ただその習慣を日本人以外の人にも強要したり、日本の外でも期待したりすると、異文化摩擦の原因にもなりかねません。日本国内だけを見ても、日本社会が日本人だけではなく異文化の背景をもつ人達からも構成されており、さらにその人達の数が急速に増えている事実を無視できない今日の状況です。
私の娘たちが日本で幼稚園に通っていた頃、彼女たちの幼稚園では帰宅前に担任の先生と挨拶をすることになっていました。先生の前に園児達が一列に並び一人ずつ先生にお辞儀をしてから帰りました。その光景に疑問をもった主人の要望もあり、娘たちとも話し合って、私どもの娘の挨拶はアイコンタクトをしながらの握手を希望しました。二人の娘の担任の先生は理解して下さり、それ以来お辞儀の列の間に握手が入りこみました。ところがバスの送迎の時に付き添った先生は、担任の先生ではありませんでした。バスを降りて先生に手を出した娘の頭を、いきなり手で押さえつけて下げさせました。その若い女性の先生は、お辞儀だけが挨拶だと思っていたのでしょう。帰宅した娘の不満を聞かされた私は、その先生に説明をいたしました。彼女は素直に理解をして下さり、「色々と教えてくださり、ありがとうございました。」とお礼まで言われました。それ以来娘たちは、その先生とも仲良しになりました。
私が始めて日本を離れたのは30年前、デンマークに留学した時でした。そこでは、みんなが良く抱擁の挨拶をしました。初め私には抵抗がありましたが、3ヶ月もすると慣れてしまいました。しかしこれは、共同生活している学生同士という関係もあったようです。その後スイスで生活した時は、デンマークの学生同士ほど抱擁の挨拶が日常化してはいませんでした。それだけに、スイスの下宿を出る最後の日に、電車の中まで見送りに来てくれた下宿のマダムから抱擁された私は、涙が止まりませんでした。その時まで彼女は日本人の私に抱擁の挨拶を遠慮していたのでした。でも彼女の気持ちを表すのは、やはり彼女なりの挨拶が一番だったのです。気持ちが通じ合えば挨拶のスタイルの違いも受け入れるようになるものですね。それでも日本以外の地で日本人同士で挨拶する場合は、やはりお辞儀です。おもしろいもので、この習慣はお互いに日本人であると認識すると自然に頭を下げてお辞儀をする様になるようです。この場合でも、頭を下げる前に必ずアイコンタクトはあります。
さてハワイでは、首にレイをかける挨拶が一般化しています。レイをかけた後、抱擁するか、頬にキスをするか、又握手になるか、それは相互関係の親密度とケースバイケースによりますが、ハワイに住むとどの人種も自然このスタイルの挨拶に慣らされていきます。レイをかけるのは特別な機会、例えば誕生日、何かの記念日、歓迎の意味、特別な祝い、卒業式、結婚式、等ですが、平日の挨拶はレイなしでの 「ハイ!」と言ったアイコンタクトの挨拶、親しければ抱擁や頬のキスとなります。一般的には、東洋系の人達同士ではスキンシップを伴う挨拶は余り一般化していませんが、若い世代間では人種に関係なく抱擁の習慣が一般化しているようです。ハワイの人達は様々なスタイルの挨拶に慣れており、この点でも寛容的です。私のこちらでの耳鼻咽喉科の専門医師は、インド出身の方(?)なのか、始めて会った時、アイコンタクトの後両手を合掌して頭を下げられました。日本でタイの留学生からこのスタイルの挨拶を受けたことはありますが、合掌の挨拶に慣れていない私はとっさに頭を下げて今回も答えました。世界各地に様々なスタイルの挨拶はありますが、どの挨拶でも挨拶の真心を伝えるためにアイコンタクトは重要な役割を果たしているようです。
ただ挨拶のスタイル以上に気になることは、挨拶も出来ない社会環境に日本がなりつつあることです。私の息子が2歳未満の時、オーストラリアで父親と過ごして父親の挨拶する人には小さな手を差し出し握手をする習慣を身につけました。息子が日本に帰ると、手を出す代わりに「ハロー」とすれ違った人に挨拶をしましたが返事がありません。小さい頭脳で言葉の違いを理解したようで「こんにちわ!」と日本語の挨拶をする様になりましたが、それでも返事が返ってきません。いつの間にか外で挨拶をするのを止めてしまった息子は、3歳のときハワイに来た途端、水を得た魚のように元気に挨拶する習慣を取り戻しました。「見ず知らずの人に話しかけられても答えてはだめだよ。」と教えられている日本の子ども達なのでしょうが、子ども達がしっかりとアイコンタクトをしながら自由に明るく挨拶を交わせられる社会になって欲しいものです。
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ハワイのカーニバル
ハワイには常設の遊園地と呼べるものがありません。日本の遊園地でみかけるジェットコースターやメリーゴーランド、フリーフォールや回転コーヒーカップのような乗り物が楽しめれるのは、資金集めのために催されるカーニバルに移動遊園地がやって来た時です。最も有名な学校でのカーニバルは私立のプナホスクールhttp://www.punahou.eduでしょう。多くの学校のカーニバルはこのシーズン(日本なら秋)ですが、プナホのカーニバルは2月だそうです。又、ハワイ州で最も大規模なカーニバルは毎夏に開催される州のファームフェアです。ここでは乗り物だけでなく、様々な屋台や余興のテントが張られ、農産物の展示会も会場を賑やかにいたします。
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2003年10月20日
第3回 「みんなの名前がビューティフル・ネーム」
Aloha! 皆様お元気のことと思います。日本では「小さい秋」が目に付く頃でしょうね。こちらハワイは四季ではなく乾季と雨季に分かれ、現在は乾季ですから日中は暑い日差しが続いています。真っ青な海と空、正に原色の世界です。
ハワイの島でも一番人口の多いこの島オアフの人口は、90万人ほどですが、人種、国籍色々なので、当然名前も色々あります。又、ハワイで生まれたからと、ミドルネームにハワイ語の名前、例えばカイ(男子)やマヘラニ(女子)をつける人もいれば、アメリカ国籍習得の際に米語名に自分の名前を変える人もいます。ですから名前だけで人種や国籍判断は困難になります。それでも多少は、生い立ちの判断の手がかりに名前が役立つことはあります。例えば、カレン・タカハシなら、日系アメリカ人、ヨーコ・ミラーなら国際結婚をしている日本人、でもカレン・ミラーとなるともう解りません。カレン・ヨーコ・ミラーとミドルネームに日本名がついていると、親が日本人なのか、アメリカ人に帰化した人なのか、日本との関係がありそうだと推測は出来ます。さらに中国名、韓国名、フィリピン名、ラテン系の名前やアフリカ系の名前があるのですから、大変複雑です。名前の固定概念は禁物です。こうなると、個人名を正確なスペルで覚えることが重要になってきます。
それでもハワイの人達は、結構器用に色々な名前を上手に発音します。これも南国に生活する人達のおおらかな気質の為のようです。多少発音が違っても、いちいち目くじらはたてませんから。アメリカ本土の白人コミュニティーからハワイに引越したアメリカ人が、ハワイに来てカルチャーショックをうけるのはこの名前にも原因がありそうです。
我が家の子ども達の名前は、主人と私の名前からとったアルファベットを組みなおした名前です。シェラードとノブコから、コシェノ(長女21歳)、シェブラ(次女20歳)、シェノン(長男13歳)と名前をつけました。主人の先妻はマリリンなので、彼の長男(現在ハリウッドで活躍中:www.shemar.com))はシェマーとなりました。これだけバラエティのある名前に慣れているハワイでも、我が家の子ども達の名前の語源は想像外のようで関心されますが、要は自分の両親を忘れないようにとの計らいです。
1980年国連の制定した国際児童年の年、その年の日本のテーマソングとも言える「ビューティフル・ネーム」が、ゴダイゴというグループの歌声で日本全国に流れました。若いお父様、お母様には、この歌をご存知ない方も多いと思いますが、私には色々な思い出があります。「名前それは燃える命、一つの地球に一人ずつひとつ~。呼びかけよう名前を、素晴らしい名前を~。」といった内容の歌詞は、奈良橋陽子さんの作詞です。確か幼い時期をカナダで育った方と記憶しております。1981年私が働いていた神戸ポートピア博覧会会場には、いつもこの軽快な歌が流れていましたし、1989年横浜博覧会に参加したバイカルチュアル・チルドレン(国際結婚家庭の子ども、帰国子女、在日外国籍の子どもたちを集めて日本の子供たちと異文化理解活動をしておりました。)の催し物「集れ!地球の子ども達」(私の著書はこのタイトルから取られたもの)のテーマソングにもこの歌を選びました。その時は、奈良橋陽子さんからお祝いのメッセージをいただきました。1998年ホノルルでNHKのど自慢が開催された時、高校生になっていた私の二人の娘が予選に参加。その時選んだ歌が、やはりこの歌でした。全部の歌詞を入手するのに、ハワイで牧師さんになられた元ゴダイゴのメンバーのお一人と連絡を取ったこともありました。
現在では日本でも、ハワイに負けずに様々な名前をお子さんに選んでらっしゃるようで、大変良いことだと思います。10年前、先に記したバイカルの活動で名前が子供たちに大きな問題であることを知らさせたこともありました。カンボジア国籍のモニカちゃん、日本人と同じ顔なので保育園では自分の本当の名前を呼んでもらえませんでした。バイカルの活動に参加して、自分の本当の名前を皆から呼んでもらって嬉しそうにしていた彼女の顔を思い出します。イギリスから帰国して日本の学校に行っていた両親が日本人のアンちゃん。漢字名もあるのに、「日本人の名前が欲しい」とお母さんに泣いて訴えました。「困ったわね、あなたの名前はお父さんもお母さんも始めての子でとっても嬉しくて、世界中で一番素敵な名前だと思って付けたのに……」その時のお母さんの言葉に、彼女は自分の名前を二度と変えて欲しいとは言いませんでした。ですから、「集れ!地球の子ども達」のフィナーレに、ステージの上で皆で大合唱をした「ビューティフル・ネーム」は子ども達の気持ちが一杯込められ、熱唱となったのも当然でした。
皆さんもお子さんと一緒に、是非この歌を歌ってください。 http://columbia.jp/~godiego/">http://columbia.jp/~godiego/
http://www15.big.or.jp/~mios/minnanouta/ha/name.html
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ハワイの子どもの祝い
子どもの健やかな成長を願う親の気持ちの表し方は色々ですが、ハワイでは一歳のお誕生日を実に盛大に祝います。これは幼児死亡率が高かったポリネシア系ハワイ人の風習が起源のようです。招待客も100人から500人等、子ども中心のアトラクションが多いのですが、まるで結婚祝いのような騒ぎです。一方それぞれの民族の伝統的祝いをする親もあります。例えば、子どもに着物を着せて当地の神社で七五三の祝いをする日系人もおります。
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2003年09月20日
第2回 「世界で最も美しい言葉」
ALOHA! みなさまお元気ですか? 夏休みはいかがでしたか?親子揃って素敵な夏を過ごされたことと思います。
さて、今回は「世界で最も美しい言葉」についてお話いたしましょう。何語であっても絶対にある言葉、それは感謝の気持ちを表す言葉です。私は以前日本でユネスコの活動をしていた時、色々な国の方々と会う機会が多くその度に「ありがとう」にあたる言葉を教えていただき、40カ国ぐらい覚えました。今はその中の半分くらいしか覚えていません。でも、どの国の言葉でも本当に美しい響きのある言葉である共通性は、鮮やかに覚えています。スワヒリ語の「アサンテサーナ」、デンマーク語の「タック」、ロシア語の「スパシーバ」、ヨドバ語の「アドペ」、ペルシャ語の「メルシ」(仏語と同じです。)韓国語の「カムサハシミダ」、アラビア語の「シュクロン」、インドネシア語の「テリマカシー」... ... ... ... ... ...等など。美しい音として聞こえるのは、その音を発する人の気持ちが暖かく伝わるからなのでしょうね。どの言語を学ぶにも、真っ先に習うのがこの感謝の気持ちを表す言葉なのです。それはきっと人間が生まれながらにして、自分一人で勝手に生きているのではなく、大きな宇宙のサイクルの中で生かされている証拠とも言えそうです。ある時は自然の恵みに感謝し、ある時は自分を取りまく人々に感謝し、そしてある時は生命ある自分に感謝するように。
こんなに美しい言葉でも、常時使っていないとなかなか口から出てこなくなります。感謝の言葉を忘れた人の心は、暖かみが少なく、とげとげしい心のようです。あなたはそうは思いませんか?我が家では、3人の子どもたちに小さい時から感謝の言葉を躾ました。親に「やってもらうのが当たり前」ではなく、「やってもらって助かった」と思う時には、きちんと「ありがとう」とか「Thank you」を口から発するように教えました。そのかわり親も子どもたちのしたことに感謝すべき時は、ささいなことでも、―例えばドアの開閉、食卓で取って欲しいものを差し出してくれた時、等―感謝の言葉を忘れません。どうやらこの感謝の言葉は、各自の自立意識を測るバロメーターでもあるようですよ。気になることは、日本人の甘えや依存意識に左右されると、「やってくれるのが当たり前」の感覚に陥り感謝の言葉を忘れることが多くなることです。私はワイキキで世界中から来られる観光客の方を一日に何百人もお手伝いすることがありますが、尋ねられたことに答えても、何も言わずに立ち去る日本人観光客の方が時々いらっしゃいます。そういう方は、「教えてくれるのが当たり前」「やってくれるのが当然」と考えていらっしゃるようです。一言感謝の言葉をいただけると、こちらの方も心がなごんでくるのですが………..残念です。
言葉とは生きている生活習慣の文化ですから、日常茶飯事、しかも小さな時からこの感謝の言葉を使える環境で子どもたちが育ったならば、甘えの構造から抜けた国際社会でも立派に通用する自立心を持った人に成長してくれるはずです。お父さん、お母さん、あなたの家庭でも「世界一美しい言葉」を絶やさないで下さいね。
ついでながらハワイで使われている「ありがとう」はMAHALO (マハロ)です。
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<ハワイのビーチの過ごし方>
最近は小さなお子様連れてハワイにいらっしゃる若い親御さんが増えていますが、お子さんたちにとってもハワイの眩しい太陽と心地よい風はパラダイスのようです。ワイキキに滞在なさるなら、どこのホテルからでもワイキキビーチには歩いて行けます。ちょっと足を延ばすなら、アラモアナ公園に隣接しているビーチは遠浅なのでお子様連れでも安心です。ハワイのビーチには必ず真水のシャワーがあり、無料で使えます。日本の海の家のような有料休息所はないので、ご自分で敷く物(安いゴザの敷物もワイキキのABCストアーなら売っています。)は用意してください。ビーチには飲食店は一切ないので、食べ物飲み物も持参してください。そして常識ですが、ビーチにはゴミを残さないこと。安全で楽しい時間をビーチで過ごして頂くために、次の注意事項もお忘れなく。
1.午前11時から午後2時の日差しは強いのでこの間のビーチ
は避けること。
2.飲み水は十分に用意すること。(翌日脱水症状を起す人もい
ます。)
3.日焼け止めのクリーム等で肌を予防すること。
4.ライフガードの注意は必ず守ること。(波は穏やかでもクラゲ
注意もあります。)
5.公の場でのアルコール飲酒は、罰金となります。(ビーチで
缶ビールでも飲んではいけません。)
6.貴重品はビーチに持っていかないこと。
それでは、地球色の海と思い切り戯れてくださいね!
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ホノルルより貿易風をこめて
2003年08月20日
第1回「目は心の窓」
Aloha! 皆様 はじめまして。
未来の地球人をお育てのお母様お父様に、ハワイはホノルルの地より、 お喋りをさせていただくことになりました。私のお喋りが独り言に 聞こえるか、又はその中から何か子育てのヒントや情報を聞き取って 下さるか、これは皆様と私の共同作業ですね。出来る限り皆様方の お役に立つよう努力いたしますので、皆様方からも応援をいただければ 大変嬉しいです。
私のお喋りに立ち寄って下さる方は、4歳から6歳の幼児の親ごさんが 多いと想像いたしますが、この年齢のお子たちの澄んだ瞳は本当に 素晴らしいですね。純真で、無垢で、汚れを知らず、好奇心の固まりの ように輝く瞳は、こちらまで心が洗われる思いにされますもの。 本当に貴重です。私もそんな瞳の輝きに、親であることの幸せを幾度も 実感させられました。「へー!」「ほんと?」「面白い!」「なぜ?」 「知らなかったよ!」こんな子どもたちの驚嘆の言葉は何語であっても、 大人たちにかつての子ども心を呼び覚ましてくれる言葉であり、砂漠の 中のオアシスと同じですよね。こういう子どもたちの驚嘆の言葉と 同時に輝く瞳の輝きをいつまでも守って上げたい! それが大人の 役目だと思います。
世界中には、素直に子ども心を表現できない環境下におかれている 子どもが大勢います。大人のもつ偏見や憎しみや怒りの中で育つ子どもは 同じ暗い影を心に宿します。その子たちの平和への道のりは、幸福な 生活環境で育った子以上に厳しく長い道のりになりがちです。世界中に いる心ある大人たちが、子どもに幸福な生活環境を願うのはこのためです。 さらに言葉をかえれば、幸福な生活環境で育った子どもは、恵まれない 生活環境で育った子どもを救える可能性を多大にもっているのです。
日本の子ども達の瞳がいつまでも輝きを失せないためにも、お母さん お父さん、一日一度でもいいですからお子さんの瞳をしっかりと見つめて 上げて下さいね。国際社会で通用するコミュニケーションの第一歩が このアイコンタクトなのです。それは、英語の単語を覚えること以上に 重要なコミュニケーションの手段です。「目は心の窓」と言う日本語の 表現もありましたよね。この習慣をしっかりと身につけさせるのは、 やはり4歳~6歳、いやもっと年少のほうがより効果はあります。 どうやって教えるのか方法ですか? 簡単です。親御さんがご自分で 実施すれば良いだけのことです。お子さんの興奮する言葉が聞こえたら、 足を止め、手を止めて、じっとお子さんの瞳を見つめて耳を傾けて上げてご覧なさい。子どもの瞳ってこんなに美しいのかと、再発見することでしょう。
皆様は、観音様をご存知ですよね。女性の仏様だと言うことぐらいなら知ってる?それで十分です。ここでは字を見ていただきたいのです。音を観るとは どういうことか、解りますか? 観るは単なる「見る」ではなくて「観察」や 「観念」の観るです。つまり見ることによってその本質を悟るような見方です。 では、音からその本質を悟るとは?数年前お子さんがまだ口の利けない赤ちゃんであった頃を思い出してください。子どもの泣き声や笑い声から、その子が 何を伝達しようとしているのか、子育てマニュアルや教本に書いてある知識としての情報とは別に、あなたの心につたわったものはありませんでしたか。 音だけで気持ちが解るのが親の慈悲(愛情、いつくしみ)です。観音様とはそのような親心を示してくれる仏様なのだそうです。
口の利けるようになった幼児は、赤ん坊のときとは別の方法で親の慈悲を求めてきます。口では強そうなことを言っていても瞳に不安が映っていたり、嘘じゃないと言いながら親の視線をさけたり、言葉で表現できない感動を瞳の輝きが教えてくれたりするのです。「目は心の窓」なのです。その心を正確に読み取ってあげることが出来るのは、お母さん、お父さんであります。あなたご自身があなたのお子さんにとっての観音様だからです。
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<ハワイ夏休み情報>
幼いお子さん連れでハワイに来られる計画をたてていらっしゃる方、 オアフ島で是非行って欲しいところが、Children’s Discovery Center. このセンターは手で触れる子ども博物館です。ハワイの多民族社会を 子どもたちに理解させる工夫も凝らされており、地元の学校の子ども たちもが良く訪問します。また子どもが遊びながら体験できる、 クリニックや裁判所、消防署、郵便局、放送局などもあり 大人も結構子どもと一緒に楽しめられます。
住所:111Ohe Steet, Honolulu
場所:カカアコ臨海公園の近くで、アラモアナ ショッピン
グセンターより空港よりの海側です。ワイキキから
車でなら10分前後です
電話:(ハワイ州808)524-5437
電話のテープ案内ですとチルドレンセサミセンター
とも言っています
入館料:大人一人$8.00
子ども(2歳~17歳)一人$6.75
開館時間:火曜~金曜は午前九時から午後一時
土曜、日曜は午前十時から午後三時
月曜日祝日は、休館
館内は食べ物が持ち込めません。でも駐車場の隣にある臨海公園で ピクニックが出来ます。又、館内は安全のため乳母車(ベビーカー)の 使用禁止になっています
このセンターは観光情報には余り載らないので、こちらに来られてから バスで行くか、タクシー運転手に住所を見せて行く方法があります。
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それでは、皆様安全で楽しい夏をお過ごしください! ホノルルより心地よい貿易風をこめて

