2006年06月14日
第6回 保護者パート5
前回、子どもの防犯年齢についてお話をしました。
0~8歳までの子どもを犯罪に巻き込ませたくなければ、目を離さないことであると申し上げました。
これが、保護者による園児の防犯の基本ということです。
例えば、ニュージーランドでは13歳までの子どもに対して、親が子どもから目を離すことを禁じる法律があるほどです。それほど厳しく保護者の保護責任を明示しています。またアメリカでも、幼児を一人で放置することを法律で禁じています。
子どもは事件のみならず、事故にもあいやすくちょっと目を離した隙に事件や事故にあってしまったというケースが看過できないほど多発している過去の事例を教訓としているわけです。
さらにアメリカでは、同じ家の中にいても、幼児が寝室で寝ていれば、その横にマイクをおいて別の場所、例えば台所で作業をしていても幼児の泣き声が聞こえるように受信器を携帯して、子どもが目ざめて泣きだしたら、飛んでいくというような努力をしている家庭も少なくありません。それほど子どもの保護責任をしっかり自覚しているのです。
日本では、往々にして子どもを一人にして放置する保護者が少なくありません。しかも、保護者が目を離した隙に子どもが事件や事故の被害にあうケースが断続的に発生しています。
これらの事件や事故をみると、日本の保護者の中に、子どもを守るという意識の低い人々やこどものから目を離さないことの重要さを知らない人々が少なからず存在することがわかります。
子どもを事件や事故から守ることができるのは保護者だけなのだということをしっかり肝にめいじておいてほしいものです。
基本的には通園中の事件、事故に関する被害も保護者の責任です。(ただしスクールバスなどがある場合は、バスに乗せるまで)
欧米でも、アメリカでも、ニュージーランドでも学校の校門までは親の責任です。
ちょっと考えていただければわかりますが、一人の先生や保母さんあるいは園長先生が、通園中の園児や子どもたち一人一人を守ることができるでしょうか、できるわけがありません。
守りたくとも守れないのです。それでは誰が守れるのか、そう保護者であるあなたしかいないのです。
はっきり申し上げて、あなたの愛する子どもを、国が事件や事故から守ることなどできません。もちろん警察官だって守れません。地域の住人でも、法律でも守ることはできないのです。守りたくとも守れないのです。唯一、守ることが可能なのは保護者だけなのです。
子どもは国の宝、礎だからみんなで、国で、社会で守ろう、などという無責任なスローガンが唱えられますが、このような曖昧で根拠のない文言など信じてはいけません。
あなたの愛する子どもを守れるのは、あなたしかいないのです。
たとえ父親でも、そばにいなければ守れません。
幼児はそばにいなければ守れないのです。
よく幼稚園児までは、母親などが自転車の後ろに乗っけて園まで送迎する姿を目にします。ところが小学校に入ると突然そのような送迎をしなくなります。防犯年齢でも申し上げましたが、8歳までは、親や保護者あるいは大人が送迎しなければなりません。
なぜなら、8~9歳までは子どもは聞いたことと行動がともなわないからです。(もちろん個人差はありますが)
生活のため、収入のためなどという理由で幼児(園児)を一人で放置する時間があるならば、その間に子どもが事件や事故に巻き込まれてもしようがないのです。それはあなたの責任だということを覚悟しておくことです。
せめて9歳までは、一時たりとも子どものそばを離れないぐらいの姿勢で子どもを守ってほしいものです。
そして9~13歳になると防犯の基礎指導年齢になります。
子どもが自力で、犯罪や事故の被害を避ける方法を指導する責任が保護者に発生してきます(9~13歳の防犯指導についてはここでは省略します)。
園児をもつ保護者の防犯についてはこの項で終わりたいと思います。
次回からは、保育園や幼稚園内(関係者)のための「迫りくる犯罪から園児を守るための防犯」について書かせていただこうと思っています。
なぜなら、園児に対する保護者の防犯と園・園関係者の防犯はまったく違うからです。
2006年04月06日
第5回 保護者パート4
4月2日、15階のマンション通路から、小3男児が投げ出されて死亡するという事件がありました。逮捕された犯人が、子どもか女性なら誰でもよかった、と自供しています。
もし、犯人の目の前に、園児が一人で遊んでいれば、男児と同じように殺害された可能性は高いということになります。
私が、登下校時だけでなく、自宅周辺のほうがもっと危ないケースが多いとお伝えしてきたことがわかっていただければと思います。
今回は、保護者が園児をどうしたら守れるのかということについて、できるだけわかりやすくのべてみたいと思います。
これまでの話の中で、子どもには防犯(安全)年齢があると述べてきました。
子どもの防犯の基本的な考え方は、
1 0~8歳までは保護年齢
2 9~13歳は指導年齢
3 14~17歳は性被害の指導年齢
4 18歳以上は大人の防犯(自己責任=自力防犯)
の4段階にわけると、効果のある防犯指導ができやすくなります。
子どもの防犯といってもそれぞれ違いがありますから、最初に、その違いについて知っていただくことはとても重要です。
もちろん個人差がありますから、これが厳密な区分けではないことを理解してください。平均的な基準としてということです。
このコラムをお読みになる方々は、1の0~8歳児の防犯についてお知りになりたいのではないかと思います。
これまでもお伝えしてきましが、この年代の子どもは片時も目を離さず、常にそばにいて保護することが防犯の基本です。
そして、園や学校関係者に子どもを手渡し、引き取るまでの時間いがいはすべて親の保護責任ということになります。
1 通園中、通学中
2 自宅近くの公園や路上で
3 自宅や団地内の敷地内、建物内で、
4 自宅に一人でいるとき
このすべての状況下で発生する、犯罪被害に対する子どもの保護責任は保護者にあるということです。
それから一つ忠告しておきます。
「知らない人についていってはいけません」という指導は、8歳までは役に立ちません。さらにつけくわえておけば、例え9~17歳までの指導年齢に達した子どもでも、このような曖昧な指導では役にたたないということを考えてみてください。 子どもへの防犯指導は、一つづつ具体的にわかりやすく指導することが基本です。特に14~17歳の女子には「性被害」の指導がなければ本当の防犯指導にはならないということも大事なキーワードの一つです。
投稿者 wow : 12:48
2006年02月24日
第4回 保護者パート3
前回のテーマから続きます。
宮崎勤事件の教訓に、子どもたちが狙われて連れ出された場所が自宅周辺で、一人でいるときに声をかけられて連れ去られているという、たいへん重要なキーワードがあります。
子どもの防犯というと、通学時の連れ去り事件対策が中心になりがちですが、実は、この事例にかぎらず、子どもたちは通学路よりも自宅の近くや周辺で遊んでいるときに犯罪に巻き込まれているケースが少なくありません。
ではなぜ、通学路での事件が多発しているかのように感じるのかというと、それは事件の特徴がおおきく影響しています。
登下校中に子どもが連れ去られたりすると、保護者や学校関係者がその行方を捜します。見つからなければ最終的には、行方不明事件として警察に捜索願いを届けでることになり大騒ぎになるわけです。
そして多くのケースで、行方不明が発覚してから数時間後、遠く離れた山中で放置された子どもが、第三者などに発見されて保護され、事件がおおやけになってしまうというパターンが多いのです。
当然、テレビや新聞などの記事やニュースで取り上げられることになり、登下校時の被害が私たちの目にとまりやすくなるわけです。そのようなことから、登下校時の事件が多発しているかのように錯覚してしまうのです。
それに対して、自宅周辺で被害をうけたケースの大多数は、被害を受けた子どもは、まっすぐに自宅に逃げ帰ってきます。
第一発見者が家族になるのです。
特に、女児や女子が性被害などを受けたケースでは、近隣の住人の風評被害などから子どもを守るために、また、さまざまなマイナスやダメージなどを考えて、被害を届け出ないで泣き寝入りをしてしまうというケースが多いのです。
このような事情から、自宅周辺での事件や被害が表にでることはほとんどありません。
だから一般の保護者は、家の近くで子どもたちが深刻な被害やダメージを受ける事件や犯罪被害が多発していることに気がつきにくく、警戒心が希薄になり隙や油断が生じやすくなるのです。
このような実情を知っている専門家からみれば、「いま、子どもは家の近くで遊んでいるから大丈夫だろう」という認識は、とても危ないということになります。
保護者の方は、8歳までの子どもはたとえ自宅の周辺であっても、屋外では注意と監視が必要だということを肝に銘じて守ってほしいものです。
投稿者 wow : 10:19
2006年01月24日
第3回 保護者 パート2
先日、最高裁で宮崎勤に死刑判決が下されました。
これで彼の死刑が確定したことになります。
ここで、死刑制度にたいして是非をいうつもりはありません。
死刑制度と園児を守るということは別の話だからです。
話をもどします。
彼に殺害されたのはなんの抵抗力もない、罪もない4人の女児です。
逮捕されたきっかけは、自宅周辺で遊んでいた女児7歳に「写真のモデルになって」と声をかけ、車に乗せて山中へ連れ去り、裸にして写真をとっている現場に、女児が見知らぬ男の車に乗せられて連れ去られる場面を見た父親が、車を追いかけて駆けつけ取り押さえたからでした。
父親の機転(危険察知力)がなければ、女児の生命は危機に直面していただろうし、この男も逮捕されずに犯行を続けていた可能性が高かった思われます。
この事件で、注意すべきは被害にあった子どもたちは5人とも「4歳、7歳、4歳、5歳、7歳」という8歳未満の女児であったということです。
この年齢の子どもたちにいかに自衛力がないかがわかります。
8歳までの子どもに対して私が、保護責任のある「保護年齢」だと提唱していることを理解していただけると思う。
このように、むごくて悲しい事件を尊い教訓として活かしおなじような悲劇を繰りかえさせないために役立たせることが、女児たちに対して私たちができる精一杯の合掌ではないかとおもいます。
さらに、この事件には子どもをむごい犯罪にまきこませないためのいくつかの尊い教訓が残されています。
最初の犠牲者になった女児4歳は、一人で、歩道橋を歩いているときに声をかけられています。
次の7歳女児も、一人で、自宅近くで遊んでいるときに「道を教えて」と声をかけられています。
3番目の女児4歳は、一人で、自宅のある団地の敷地内で遊んでいるときに「あったかいところへいこう」と声をかけられています。
4番目の女児5歳も、自宅近くの公園で、一人で遊んでいるときに「写真をとってあげる」と声をかけられています。
助かった5番目の女児7歳も、自宅の近くで、一人で遊んでいるときに、同じように「写真をとってあげる」と声をかけられています。
8歳までの子どもを、一人で遊ばせることの危なさに気づいていただければと思う。
投稿者 wow : 13:41
第2回 保護者 パート1
1月16日、福島県の幼稚園で、園庭であそんでいた男児が、屋根から崩れ落ちてきた雪で死亡するという悲劇が発生した。
悲しく残念な事故で、関係者の心痛や心情を思うと心が痛む。
先生がたが、「庭の中央で遊ぶように、くれぐれも屋根の下にいかないように」と、何度も強く指導したにもかかわらず、悲劇が起きてしまった。
子どもには、防犯年齢(安全年齢)というものがあることに気づいている人が少ないのが残念でしょうがない。
0~8歳ぐらいまでの子どもは、どのように注意や指導をしてもあるいは、頭で理解できたとしても行動がともなわないのだ。
(防犯指導を行なっている専門家でも気づいている人は少ない。)
これをわたしは、防犯上の「保護年齢」と表現している。
もちろん個人差はあるのだが、平均的には小2ぐらいまでの子どもをさす。だから、この年齢の子どもをお持ちの保護者、あるいは園関係者のかたは、片時も目を離していけないということを知っておいてほしいものである。
保護者の場合、幼稚園までは園まで送迎して、小学校になると突然、送迎しなくなる方がすくなくない。しかし、小2までは親の送迎が必要なのだ。
保護年齢の子どもは「屋外では1分以上」目を離してはいけない。
これが保護年齢をもつ親の保護責任なのである。
この年齢の子どもを守りたければ、園児のそばに常に保護者か関係者がいて、かたときも目を離さないで監視しておくことが求められる。
ちょっと目を離したばかりに、今回の事故にかぎらず深刻な被害やダメージを受けたケースは枚挙にいとまがないぐらい発生しているのだから。 そんなことをいったって、「仕事や家事もあるし」と怒られる保護者の方も少なくないと思う。しかし、小2までの子どもを、仕事や家事の都合で放置せざるをえないならば、それだけのリスクを覚悟してもらわなければならない。
なぜなら、今の日本はそれほど危ない社会だからということになる。
こんにちの日本は、保護者のかたがたが過ごしてきた過去の社会環境とは、まったく変わってしまっているからです。
私は子どもに関する講演で、保護者には防犯上3つの責任があると常々お話している。
ひとつは保護責任、もう一つは指導責任、最後に結果責任である。
今の日本はたいへん危ない社会で、自分だけがよければという我欲の社会になってしまっています。これをモラルハザード(倫理が崩壊した)社会という。
このような危ない社会環境のなかで、迫りくる犯罪から園児を守るために必要な5つの防犯力があります。
保護者、園関係者、行政関係者にはこの5つのテーマをしっかり知っていただきたいものです。
投稿者 wow : 12:46
