2006年02月06日
第21回 「待つ」ことを忘れていませんか?~あなたと子どもの成長のために~
インターネットや携帯電話の普及とともに、世の中のスピードがどんどん速くなっています。時間に追われて生活していると、子どもにもつい「早く、早く」とせきたててしまったり、自分でしようとしているのに思わずやってあげてしまったり、といった経験は皆さんお持ちのことでしょう。「待つ」というのは案外むずかしいものです。
「待つ」ことが、子どもに大きな成長をもたらした、と感じられた出来事が最近2つありました。
2歳になったばかりのAちゃんは、なかなか負けん気が強く「自分で」と言ったが最後、お母さんが手を出すと泣いて怒る元気な子でした。お母さんも辛抱強くAちゃんに付き合っているうちに、半年経った今では、洋服の脱ぎ着も上着のボタンの止め外しもきちんと自分でできる頼もしい子に育ちました。お母さんの「待つ」姿勢が、Aちゃんの成長と自信を育んだのでしょう。
また、Mちゃんはご家族の愛情を一身に受けて育った一人っ子。身支度や片付けを一人でこなせるしっかりした女の子です。目新しい教材を出すと、一番にしたいのですが、この間はお友達が先になりました。「私がする」と、横から取りそうになるのを「お友達が終わるまで待ちましょう」と制したところ、「や~だ~」となおも取りたそうな素振りのMちゃん。
「他のことをして待っていてもいいし、隣で見て待っていてもいいのよ」と提案すると、「お隣で見てる」とがまん強く最後まで待つことができたのです。
おうちではいつもマイペースで過ごせる環境なので、順番を待つとか人に譲るという経験がないのも無理はありません。Mちゃんにとっては、「待つ」ことが、自分の気持ちをコントロールするよい機会になったことでしょう。
自分に、そして相手に信頼をおくことが、「待つ」ということかもしれません。
お子さんといっしょの大切な時間をどうぞ愛しんで過ごされますように。
投稿者 wow : 15:40
2005年10月31日
第20回 心の成長に気づいていますか? ~「自立」から思いやりの心を育てましょう~
最近あなたが子どもの成長を感じられたのは、どんな場面でしたか。子どもたちはいろいろな場面で、私たちがはっとするような姿を見せてくれます。
部屋にある鉢植えに水をやるのを楽しみにしているMちゃん、今日もじょうろで観葉植物に水をやっています。他の子のトイレに付き合って部屋に戻ってみると、鉢の周りにこぼした水を雑巾で拭いているところでした。以前にじょうろの傾け方がうまくコントロールできずに水をこぼしたとき、いっしょに雑巾で拭いたのをちゃんと覚えていたのでしょう。自分で後始末ができる子に育ってきたのをとてもうれしく思いました。
また、ある時、お昼を食べ終わって自分の片づけがすっかり終わったSちゃん。隣の席で食べていたお友達がコップを片づけ忘れているのに気がつきました。どうするのかな、と見ていたらごく自然な様子でコップをさげてくれました。お家でもきっとお手伝いをしているのでしょう。周囲への心くばりの芽となるいい瞬間を見せてもらった気がしました。
子どもに身のまわりのものの適切な扱い方を伝えたり、取り掛かる順序を示したりするのは、子どもが自分でできるようになるために必要なことです。子どもが何か失敗したときも、大きな声を出す代わりに、子どものできる範囲で後始末しやすいように道具や場所を整えて、いっしょに何回かしているうちに、ちゃんと自分でできるようになります。
不十分なところは少し手助けするとして、一から十まで世話をしていた頃に比べればなんとうれしい成長ぶりでしょう。そこまでできるようになったわが子には「えらいね」という言葉でほめるよりも、むしろ「お母さん、助かったわ」と感謝しましょう。「あなたが大きくなってうれしい」と喜んでもらえたり、「ありがとう」と感謝されたりする体験は、子どもの心に大きな糧となります。自分でできた、という達成感だけでなく周りの人の役にたつ喜びを知った子どもは、集団に入ったときにもきっと、友だちと仲良くなれるにちがいありません。
「自分でできる」ということが自信となり、互いに認め合えるような人間関係をつくっていく。子どもたちがそんなふうに成長してくれると、平和な世の中が築いていけるんじゃないかしら。皆さんはどう思われますか?
投稿者 wow : 14:22
2005年09月02日
第19回 子どもと感動を分かち合う ~子どもといっしょに楽しんでいますか~
朝夕に秋の気配を感じる頃となりました。この夏、家族で旅行に出かけたり、お子さんと一緒に里帰りされたりした方もいらっしゃることでしょう。
いつもとは違うところに出かける、お子さんとの旅はいかがでしたか。
お子さんが、色の違う電車に乗ってとても喜んだこと、生まれて初めて本物の馬を見て目を丸くしたこと、普段は聞くことのない鳥の声に耳を澄ましたこと・・・幼い子どもと一緒に出かけると、改めて気づかされることがたくさんあります。子どもの視点を得て、周りの風景を新鮮な気持ちで見ることができるからでしょう。
子どもを連れて出かけると、安全に気を配ったり、周りに気を使ったり、眠くなってぐずぐず言い出す子をあやしたり、と「親」としてがんばらなくてはならない場面ももちろんありますよね。くたびれることもしばしばです。
それでも、子どもといっしょに同じ体験をし、「きれいな花だね」「大きい牛だね」「お水冷たかったね」とほほえみを交わし、ともに感動できるのは素敵なことだと思いませんか。
幼児期という、感性が育まれる大切な時期には、同じ体験を通じて共感してくれたり、いっしょに感動したりしてくれる人がそばにいることは大きな意味を持ちます。
人間関係を築くうえでの基本となる「信頼感」や、人の気持ちに共感できる「やさしさ」や相手の気持ちを考える「思いやり」が生まれる背景には、周りの人との幸せな心の体験が必要なのです。
子どもと共に楽しいときを過ごす、それは、あなたが幼い頃いろいろなものに出会って、感動したり驚いたりしたときの感触を、今度はお子さんといっしょに再び味わうことができる、幸せな時間だと思います。これも親ならではの子育ての楽しみではないでしょうか。
投稿者 wow : 11:16
2005年04月07日
第17回 「どちらを選ぶ?」と聞いてみましょう。~自分で決める体験は、生きる力を育みます~
入園式に向かう親子連れや、真新しいランドセルを背負った子どもたちの姿を見かける頃になりました。春は門出を迎える季節ですね。親にとって、子供の成長していく姿を見るのは、とてもうれしいことです。まだまだ小さいお子さんをお持ちのご家庭でも、お二人で、こんな子に育ってほしいね、といった話をするいい機会かもしれません。
さて、子どもたちに幸せな人生を送ってもらうために、どんなことを今してあげればいいのでしょう。
教育の場では、生きる力を身につける、ということがさかんにいわれています。生きる力とはなにか、様々な考え方があります。なかでも「自分で考える力」は生きていくうえで土台となる大切な力です。
この力を人格形成の基礎を作る幼児期から育てることには大きな意味があります。小さくてもそれなりの「自分で考え、判断する」機会は、いくらでもつくってあげられるのです。
たとえば、普段の生活の中で選ぶ経験をさせましょう。今日着る洋服、履いていく靴、読んでほしい本。選択肢を二つ用意してどちらがいいか尋ねます。
洋服の場合を例にとりましょう。どちらを着ても差し支えないと思われる洋服を2着並べて「この洋服とこの洋服、どっちにする?」。子どもが「こっち」と選んだら、次にズボンを並べて同じように選んでもらいます。
靴下も2足のうち1足が決まったら、「着ようね」と本人が自分の体を使いながら着られるように手助けをします。
全部着終わったら全身を鏡に映して選んだ結果を見せてもいいでしょう。
歩けるようになって手を使って自分でしたがるようになったとか、親の要求にいやというようになったとか、そんな様子が見えてきたら自我が出てきた証拠です。自分でやりたい、自分で決めたいという時期がやってきたのです。
反抗期といわれているこの時期の子どもたちが自己主張するのは、「もう自分でできる僕を、私を認めて!」という叫びだと考えられます。
この声に応えて子どもに選ばせる機会をつくってあげてください。自分で考え決める経験をした子どもは自尊心をもち、相手を大切にすることを学びます。
この時期に、親が乳児期と同じようにすべてをしてあげたり、一方的に決めたりしていると、子どもが自分で行動したり考えたりする機会を奪ってしまうことにもなりかねません。
子どもの体の深いところからほとばしり出ている「生きる力」を、いちばん身近なご家庭でうまく引き出していってあげて下さい。
投稿者 wow : 12:02
2005年01月24日
第16回 子どもと一緒にクッキング ~料理は五感を刺激します~
毎日寒いですね。お風邪などひいていらっしゃいませんか。
気候のいいときには午前中、公園に行って子どもを遊ばせていたお母さん方も、おうちでお子さんと過ごす時間が増える季節です。
「ずっと家にいるとどうしてもルーズになって、食事やお昼寝の時間がまちまちになったりして、なんとなく1日が終わってしまう」というお宅はありませんか。
本来、朝のうちに外に出て太陽の光を浴びると、体内時計がしっかりセットされて気持ちよく過ごせるので、ひとまわりお散歩してくるのもおすすめです。でも、ずっと家にいることになりそうな時、一緒にクッキングはどうでしょう。
子どもに手伝ってもらうより、私がやってしまったほうが手っ取り早いし片づけも簡単。いえ、ここで大事にしたいのは「作る」という過程でお子さんにフルに五感を使う体験をしてもらうことです。
まずエプロンをして手を洗いましょう。手の洗い方をよく見せて子どもにも手をきれいにしてもらいます。たとえばクッキーなら、粉や砂糖、バターなど分量を量って準備しておいたものを、子どもの背の高さにあったテーブルなどに並べます。
これは小麦粉、これは砂糖、といった具合に紹介したら、これらを混ぜたり、こねたり丸めたり、型を抜いたり、ひとつひとつの活動をゆっくりやって見せながら子どもにもまねしてやってもらいましょう。形ができたら、天板に並べて焼きます。何をしてもらうかはお子さんの発達によります。
2歳くらいなら型抜きしたり丸めたりだけでも楽しい活動になります。3歳以上なら、生地の感触を味わったり、焼けるときのいい匂いを知ったり、出来上がったものをそれぞれのお皿に取り分けたり、自分の作ったものを味わったり、と五感を刺激する楽しさに満ちた体験になることと思います。
テレビやゲーム、コンピュータといったものに囲まれて生活するようになった昨今、現実とバーチャルの区別のつかない子どもたちが増えているような気がします。こんな時代だからこそ、自分の感覚を使って実際に体験する、その大切さを切実に感じます。人格の基盤が作られる乳幼児期の子どもたちに、五感を使った楽しい体験ができる機会をたくさん提供していくのも、私たち大人の責任なのではないでしょうか。
なにはともあれ、時間も手間もかかりますが、子どもと一緒に作ったものを
「おいしいね」と言いながら一緒に食べる。こんなひとときを持つのもいいと思いませんか?
投稿者 wow : 13:49
2005年01月20日
第15回 子どもといっぱいお話しましょう ~言葉は大きな力となります~
街がクリスマスのイルミネーションで彩られる季節になってきました。本屋さんでは、冬にちなんだ物語やクリスマスのお話が絵本のコーナーに並んでいます。お孫さんへのプレゼントでしょうか、熱心に絵本を選ばれている方にも出会いました。
さて絵本といえば、お子さんに絵本を読んで聞かせているお母さんなら、思い当たることがあるかもしれません。同じお話を何回も読んで、とせがまれたことはありませんか? また、話をはしょって読み飛ばしたりすると、そうじゃないとやり直しさせられたりすることはありませんか?
幼児期は爆発的に言葉を習得している時期なので、同じ話を何回も聞いて分かることが楽しいし、言葉そのままを覚えるので、正確に読んでもらえないと違和感を感じるのです。
3、4歳になると文字に対する興味や関心が出てくるので、看板の字が読めるようになったり自分で字を書きたがったりするようになります。このような『文字に対する敏感期』に、適切な方法で書き言葉を身につける環境を用意するのはもちろん大切なことで、モンテッソーリの園では『言語』という1つの分野として活動があります。親御さんもお子さんの文字の習得を意識されはじめるようです。しかしながら、言葉に対する関心はもっと前から始まっています。0歳のうちから『話し言葉の敏感期』は始まっているのです。
子どもは、言葉を習得する能力を持って生まれてきます。ただし、環境の中に言葉がなければ、いくら人間の子どもとして生まれてきたからといっても、ひとりでにしゃべれるようになるわけではありません。周りに豊かな話し言葉の環境が必要なのです。
周りのことなどまだ何も分からないように見える0歳の赤ちゃんにも、お母さんは「おなか空いたのね、おっぱいにしましょうねー。」というふうに話しかけたりしますね。これもお母さんが用意してあげられる大切な言語環境です。赤ちゃんはお母さんの温もりや愛情とともに自分に向けられたメッセージをしっかり感じ取っています。たとえ今返事をしなくても、話しかけられたり家族のおしゃべりを聞いたりといった豊富な話し言葉の環境に取り巻かれていると、子どもの内面ではたくさんの言葉が吸収されていきます。そのうちに楽しいおしゃべりをしてくれることでしょう。
人類が進化してきた道のりで、私たちの直接の祖先といわれているホモ・サピエンスが最後に生き残ったのは、言葉を操る能力を持っていたからだとも言われています。新しい進化が、考えを組み立てたり知識を伝えたりする力、すなわち言葉によってもたらされたというのは、とても大きな意味があると思います。子どもたちの中にその能力は受け継がれているのですから。
投稿者 wow : 17:58
第14回 天気のいい日は散歩に出かけましょう ~子どもと歩く~
雨の多かったひと月でしたが、皆さん元気にお過ごしでしたか。雨が続くと、専らお子さんと家の中で過ごす時間が多くなります。こんな気候だからこそ、晴れた日には時間をつくってお子さんと散歩に出かけてみませんか。
一人で歩けば10分の道のり、今日は1時間と覚悟してパン屋さんにお買い物という手もあります。
子どもを外出に誘ったら、トイレを済ませ上着を着、靴をはいて・・・と身支度をするわけですが、これは子どもが自分の身の回りのことをできるようになるチャンス。「トイレに行っておこうか」「上着を着ましょう」のように一つづつ声をかけて支度をします。自分でできないところは、「ここが袖。手をいれようね」といったように、意識づけてお手伝いしましょう。『物事をしっかり見る』という姿勢はこんなことでも養われていきます。
さあ、久しぶりの晴れ間に外に出ると、いろんな発見があることでしょう。
空の青さ、乾いたアスファルト、日陰の湿った草むら、色づいた実をいっぱいつけた柿の木に出会うかもしれません。お子さんがどんなものに興味を持つのかあらためて知ることもできます。側溝の穴に小石を落としてみたり、縁石の上ばかり歩きたがったり、階段が好きだったり。ベビーカーで出かけていた時には気づかなかったものに、お子さんが気づかせてくれることもあります。お子さんとの時間を楽しみながら歩いてください。
横断歩道を渡る、車の通る道を歩く、踏切を渡るなど、子どもと歩く際には危険なところがいくつかあります。コースを考えるとともに、手をつないで歩きながら、いずれ一人で歩いていけるようになるために何を示しておくべきか、
考えておくことも必要でしょう。
人類が進化してきた道すじで大きなターニングポイントとなったのが、二本足で立って歩いたことでした。この後、私たちの祖先は、手を使い指先を駆使して脳を発達させ、私たちはヒトとしてここまで発展してきました。
お母さんのおなかの中から生まれてきた一人の子は、その昔海からの上陸を果たした祖先のように、生命の進化をたどりながら成長し、今ヒトとして歩み始めています。
私は人類の進化に立ち会っているのだ、と思いながらお子さんと一緒に歩くのも、楽しいと思いませんか。
投稿者 wow : 17:41
第13回 トイレトレーニングと自立 ~トイレトレーニングは自分で脱ぎ着ができるようになるチャンスです~
しばらく続いた暑さもようやく終わり、秋の気配が少しずつ色濃くなってきました。
さてこの夏、おむつ外しに挑戦したけどだめだったわ、というお宅もあったことと思います。おむつが外れる時期は、季節にかかわらず子どもの成長と密接な関係があるようです。
子どもの体は脳の発達に伴って機能が充実していきます。寝返りを打つ、ハイハイをする、歩く、というおもてに現れる成長は、お子さんの脳のなかで起こっている変化でもあるのです。
おしっこが出る、とか出たとかの感覚を自覚するというのも、そのひとつです。遊んでいる途中に体をぶるっとさせたり、部屋の隅に行ってじっとしていたりといったサインが見られたら、トイレトレーニングができる時期になったなと思ってください。
トイレトレーニングは子どもが自分の身の回りのことをできるようにするよい機会でもあります。
トイレに誘ってタイミングが合わなくても、がっかりすることはありません。パンツやズボンの着脱を練習するチャンスです。
パンツ型のおむつ又はトレーニングパンツと、子どもが自分でふちを持ちやすいゴムのウエストのズボンを用意します。子どもがトイレから出たら、床に座った足の先に、パンツ、ズボンの順にはけるようにそれぞれを置きます。
パンツのゴムの部分を子供に持たせて片足ずつ通し、ひざの上まで上げるように補助します。子どもに立ってもらってウエストまで上げるのを助けます。おしりが引っかかることが多いので、主に後ろのほうを補助するといいでしょう。ズボンがある場合も同様です。
「自分で履けたね。出来ないところはお手伝いするから次も自分で履いてみようね。」
これを、トイレに行くたびに繰り返していれば、トイレトレーニングが完成する頃には自分でパンツの脱ぎ履きもできる子に育ってくれていると思いませんか?
自分の身の回りのことが出来るようになることは、自分でトイレにいけるようになるのと同じように大切です。
モンテッソーリの教育は教具を使ってするお仕事だけをさすのではありません。普段の生活の中で子どもの自立を助けるいろんな方法を、ご家庭でも工夫して、楽しく子育てしていきましょう。
投稿者 wow : 17:30
第12回 生活の中で子どもは自分を成長させます ~水に親しむ~
暑い日々が続いていますが、お子さんといっしょにどんな毎日をすごしていらっしゃいますか。ぬれても気にならないこの季節、水に親しむにはいいチャンスです。冷たくて気持ちがいいだけでなく、触ると確かに手ごたえはあるのに握ることは出来ない不思議な存在。そして赤ちゃんにとってはお母さんのおなかの中の記憶ともどこかでつながっている懐かしい存在かもしれません。
そのせいでしょうか。子どもたちは水が大好きです。石鹸を使って手を洗うことを覚えると、もうきれいになった手を何度も何度も繰り返して石鹸で洗おうとする子も珍しくありません。
おとなにとっては手の汚れを落とすのが目的で、きれいになったらもうおしまい、というのは当然のことなのですが、子どもは違います。水道から出る水が洗面器にたまったり、ちょうどいい分量のところで自分で水を止めることができたり、石鹸をこするとぬるぬるしたり、手をこすり合わせると泡が増えていったり、というような手を洗う過程自体が楽しいのです。すこし大きくなると、このような興味も消えてしまうので、もしこんなお子さんの姿を見たら、できるだけ見守ってあげたいですね。
でも、その後は洗面台のまわりがびしょびしょ。「あーあ」とため息をついてふき取っていたお母さん、子どもが扱いやすい大きさの小さな雑巾を用意しましょう。洗面台に飛び散った水、床にこぼれた水に気づかせて、雑巾でゆっくり拭いてみせます。水が吸い取られてきれいになったら、「きれいになったね。気持ちがいいね。Aちゃんの雑巾はここに置くことにするから、水がこぼれたときにはこうやって拭こうね。」
ここで、子どもは拭くという行為に興味を持つかもしれません。リビングでお茶をこぼしてしまったときに、雑巾で拭くことを思い出すかもしれません。それとも、顔を洗って洗面台を汚したお父さんに、雑巾で拭くときれいになるんだよ、と教えてあげるかもしれませんね。
ぬれた雑巾を絞っているお母さんを見て、出てくる水に興味を持つ子もいるでしょうし、私が絞るという子も出てくるでしょう。
スポンジが水を吸うように、いろいろなことを吸収するこの時期に、日々変化していく子どもと過ごす時間は宝物だと思います。ちょっとした工夫が子どもを育て、子どもの世界を広げます。楽しみながら子育てしていきましょう。
投稿者 wow : 17:23
第11回 豊かな感覚を育もう ~感覚教育はお母さんもいっしょに楽しむところから始まります~
まわりの環境から必要なものをどんどん吸収していく乳幼児期には、特別に敏感な感受性を発揮する「敏感期」が訪れます。
今日はその中で、「感覚の敏感期」と呼ばれる時期に対応している「感覚教育」についてお話ししましょう。
私たちがまわりのものを知るための窓口となっているのが、「目、耳、鼻、皮膚、舌」という感覚器官です。「目で見る」「耳で聞く」「鼻でにおいを嗅ぐ」「手で触る」「舌で味わう」というように、五感を使うことによってその刺激は脳に伝わり、脳はそれを認識し必要な指令を体の器官に伝えます。
さて、私たちが生きていくために必要なこの五つの感覚が完成されるのが幼児期です。
お子さんが、上空を飛ぶヘリコプターの音にいち早く気づいたりしたことはありませんか。またお気に入りのぬいぐるみやタオルの感触やにおいを楽しんでいつまでも離さないといった経験をお持ちの方もいらっしゃることでしょう。
子どもは身近な環境を懸命に知ろうとする中で、音や肌触りといった情報のわずかな違いを見分ける力をつけていきます。このために、それぞれの器官をよりよく使って感覚を洗練させていく感受性が敏感になります。人間として発達していくために、この「感覚の敏感期」に、外界から感じ取る感覚を磨いておく必要があるのです。
モンテッソーリ教育には、この敏感期に対応した「感覚教育」という分野があります。モンテッソーリの園を見に行くと特徴的な「はめ込み円柱」「ピンクタワー」「茶色の階段」「赤い棒」などの教具は、子どもたちが感覚を用いてそれぞれのわずかな違いを比べて段階づけていくという活動に使われます。
これらは子どもの発達に則した優れた教具ではありますが、大切なこの「感覚の敏感期」にご家庭でも出来ることはたくさんあります。
毎日の生活の中でお子さんにいろんな体験をさせてあげてください。お散歩の途中で青空を見たり、夕焼けの空を鑑賞したり、ときには雨を手のひらに受けてその感触を楽しんだっていいんです。洗面器に水を汲んで水遊びも子どもは大好きですし、お母さんが歌を歌ってあげるのもいいでしょう。軟らかいおやつとちょっと歯ごたえのあるおやつ、甘い味つけとちょっと酸っぱい味つけ、カレーのにおいやホットケーキの焼けるにおい。なあんだと思われるかもしれません。でもお母さんもいっしょに楽しむ生活の中に、感覚を豊かに育むチャンスは潜んでいるのです。
投稿者 wow : 17:19
2004年07月20日
第10回 子どもがひとまわり大きくなる時 ~活動のプロセスが心を成長させます~
お子さんを育ててこられた中で、子どもがぐんと成長したと感じられるときはどんなときだったでしょうか。毎日毎日寝返りをしようとがんばっていた子がある日を境に難なくできるようになった。食べさせようとする親の手を「自分でする」とばかりに払いのけて手づかみで食べていた子が、スプーンを使わせているうちに上手にすくって食べられるようになった。何もできない状態で生まれてから今までのお子さんの成長には目を見張るものがあったはずです。
人間がひとまわり成長するときには、次のような過程を経ていくという特徴があげられます。
Ⅰ 自分の意思で取り組む。
Ⅱ 選んで始めたものに一生懸命関わる。何回も繰り返したり、難しくても投げ出さずに集中して関わる。
Ⅲ 乗り越えたことで、達成感を味わい自信をもつ。
このような経験をすると、不思議と心が安定し、積極的になり、人に優しく
することができるようになります。これは幼い子どもだけではありません。心
が荒れて粗暴な振る舞いをするようになってしまった子も、自分で自信を持て
るまで活動をやり遂げ、深い充実感を味わったときに変わっていくということ
がいわれています。
「初めてのおつかい」という番組をご存知でしょうか。小さい子どもが頼ま
れたおつかいを自分の力でやり遂げる姿を見守る番組です。困難に出会っても誰に頼ることもできない状況の中、子どもは懸命に自分の力で乗り越えます。
これはまさに先にあげた過程を経て、子どもたちが精神的にたくましくなった
姿を見せてくれる例です。
このような「自分の成長のための仕事」ともいえる過程がモンテッソーリ教
育の中でも用意されています。子どもが自分で仕事を選び、集中して関わるこ
とで達成感を味わう。この経験をつむことで、自分のことができるようになる
というだけでなく、もっと深いところで子どもは成長を遂げます。調和の取れ
た、人に思いやりの心をもつことができる人になっていくのです。
ご家庭でお子さんの活動を見るときも、このプロセスを大切にしてあげてく
ださい。できた、という結果だけが大事なのではありません。過程が心を育ん
でいるのです。
投稿者 wow : 17:26
2004年06月20日
第9回 伸びゆく子どもに私たちができること ~人格の基礎を作る時期に、あなたの思慮深い愛情を~
お子さんの誕生日を迎えると、その子が生まれたときの事を思い出されるお母さんも多いことでしょう。まだ新生児の頃、お子さんが授乳するお母さんの顔をじっと見ていたのを覚えていますか? 腕の中の子どもの顔を見るのは、幸せなひとときだったのではないでしょうか。
自分のことを何一つできないこの時期の子どもを母親が世話をすることは、母子の間に大事な関係を育みます。互いに触れ合ったり匂いをかいだり、声を聞いたり、見つめあったりすることが、子どもの安定した情緒を育み、受け入れられているという実感が、生きていく上での信頼感の基となっていくのです。
生まれ出てきたこの世界が、母親との交流によって信頼できるところだと感じることのできた子どもは、興味をもってさまざまな行動を起こし始めます。次のステージへと進むのです。体を動かし、手を使い、いろいろなことを試すことで、この世界を知ろうとします。
大人は見ただけで理解するということができますが、この時期の子どもは体や手を働かせる中で、この世界がどんなものなのかを学んでいきます。
この時期、周りの大人も、子どもが一方的に世話をされる存在から次の段階へ進んだのだということを理解して接することが求められます。今、どんな援助が必要なのかを知ることが、子どもの調和の取れた成長に大きな影響を及ぼします。
2歳を過ぎると一般的に反抗期と呼ばれる時期が訪れます。これは人格を形成する過程で、自立への大きな一歩となる大事な時期です。
自分が思うように動けるようになり、まわりの世界を理解できるようになってきた今、彼らは一人前の人間として認められることを望みます。その結果、親の決定したことをそのまま受け入れるのではなく、自分の意見も認めてほしいと主張するのです。
この時期には、自分が一人の人間として尊重されていると実感する機会を持つことが大切です。とはいえ、これは子どもの意見にすべて従うということではありません。一方的に命令するのではなく、選択肢を与えて決断を求めるのもいいでしょう。自分が認められているという実感と経験を通して、子どもは正しい意味での自我をもち、他を尊重することや協力するということを学んでいきます。
子どもたちの持つ潜在能力に最大限に応える援助を私たちがしていくためには、子どもについての的確な知識を携えて、しかしがんじがらめになることなく、目の前の子どもに愛情を注いでいきたいものです。
投稿者 wow : 17:32
2004年04月20日
第7回 無意識にやってあげていませんか?~意識して動く~
今まで、子どもの成長過程に見られる「敏感期」、それに見合った「環境」を準備することの重要性、そしてモンテッソーリ教育の目標である「自立」についてお話をしてきました。さて、これらの知識を毎日の子どもとの生活にどう生かしていけばいいのでしょうか。
我が子が生まれてからずっとおっぱいやミルクをやり、オムツを取り替えて 世話をしてきたお母さんは、子育てにストレスを感じる時があっても、一方こんなに私を必要とする存在がいるのだということに、喜びを感じた時もたくさんあったことと思います。
そんな中で、子どもが少しずつ成長しているのはわかっていても、まだ小さいから、これは私がやってあげなければできないことだ、と無意識に世話を焼いていることはありませんか。子どもは日々変化しています。今までできなかったことが、ちょっとしたきっかけである日突然できるようになることは珍しくありません。
「自分で、自分で」と主張するお子さんの場合は、その気持ちをくんでタイミングよく対応することができれば、自分でできることを増やしていくことができます。ところが、そうでないお子さんは、いつのまにかやってあげることが親子ともに当たり前になってしまいます。学校に行き始める頃になって急に一人でやりましょうといわれても、子どもは戸惑ってしまうでしょう。
子どもは自立へ向かって成長しているのだということを信じて、一人でできるようになるにはどうしたらいいかを意識してください。
親が意識することによって、子どもへの接し方は当然変わってきます。子どもが興味を持っている行為をていねいにはっきり見せることで、子どもも意識してその行為をやってみるようになります。これが、子どもが一人でできる環境をつくる第一歩になるのです。
また、大人のリズムや都合と食い違うためにいらいらしたり、つい子どもを叱ってしまう。こんな時こそ子どもを知るチャンスだと思ってください。どうしてこの子はものを投げるのだろう、どうしてこの子はじっと座っていられないのだろう。感情的になる気持ちを好奇心に変えて見てみてください。手を使って投げることに興味があるんじゃないか、今この子は歩きたいんじゃないか、お母さんの発見がお子さんのよりよい成長を助ける環境をつくるヒントになっていくのです。
医師だったモンテッソーリが、子どもの可能性を発見していったのは、科学者として客観的に見て分析するという術が身についていたからかもしれません。お母さんも、毎日の生活の中で意識して見る、意識して動くことを取り入れてみてください。
投稿者 wow : 17:41
2004年03月20日
第6回 「自分でしたい」は自立の芽生えです ~年齢に見合った自立をさせましょう~
「自立」という言葉を聞いて、何を思い浮かべられるでしょうか? 子どもが大きくなりやがて成人して、親の援助を必要としなくなったときの姿をイメージされる方もおられるでしょう。これも大きな一つの自立の形です。けれども、子どもの自立をめざすといった場合、そんな遠い将来のことばかりを指すのではありません。文字どおり自分で立って歩けるようになるころから、こどもの自立への道は始まります。成長していく子どもにとって、その年齢に見合った自立は存在するのです。
立って歩けるようになる時期に前後して子どもは盛んに体や手を使って活動しようとします。食べさせようと差し出したスプーンを奪い取って、「じぶんでする」という意志を見せるという場面は、皆さんにも経験がありませんか。ひとりで歩くと言って絶対手をつなごうとしないとか、着替えるときのボタンの留めはずしは決して人に譲らないとか、つい大人が手を出してしまうとびっくりするほど泣いて初めからやり直さないと気が済まない、というようなことがあちこちの家で繰り広げられていることと思います。これは、自分の力で生きようとするエネルギーの表れであり、それほど「自立」に対する願望は強いものなのです。
この時期の対応によって、大きく子どもは変わります。自分でしたい、けれどもうまくいかない、といったときに、大人がやってあげるということを繰り返していると、そのうち子どもは自分でやろうとせずに大人の援助を待つようになってしまいます。反対に、子どもの気持ちに添って、どうすればできるかやり方を丁寧に見せるということをこころがけると、子どもは一生懸命がんばってやり遂げようとします。そしてやり遂げたという経験を重ねるうちに、「ひとりでできた」という自信が、次のことに向かう意欲や小さい子への思いやりにまでつながっていくのです。
靴をはく、洋服を脱ぐ、手を洗う、トイレの始末をする、食器を運ぶ、等々 基本的な技術を身につける、そのための適切な援助をすることが、子どもの身体的な自立にとどまらず、精神的な自立も促すということを心にとめて、お子さんとの生活を送ってみてください。子どもの新たな一面を見ることができるでしょう。
投稿者 wow : 18:01
2004年01月20日
第4回 子どもを伸ばす環境をつくろう ~敏感期にあった環境を整えることが子どもの可能性を広げます~
幼児期に子どもの中からあふれ出る特殊なエネルギー「敏感期」についてお話ししてきました。お母さんもモンテッソーリの子どもの見方を知ると、日常の中で我が子に訪れた「秩序の敏感期」や「運動の敏感期」の姿を、これがそうなんじゃないかしらと、気づくことが増えていくと思います。
子どもは、何もできない存在としてこの世界に生まれてきます。そして、ひとりで様々なことができるようになろうとします。「自立」に向かって歩み出すのです。ところが、これは家庭ではいたずらや困ったこととして現れることが少なくありません。ドレッサーの引き出しを開けて口紅のふたを開けて家具に塗ってしまったとか、お友達のうちに遊びに行ったら壁に名前を落書きしてしまったとか、おかあさんにとっては叱る対象になることがいっぱいです。
でもこれは自分の意志通りに体を動かすことができるようになりたいという、耐え難い衝動としての行動であることを心にとめておいていただきたいのです。
モンテッソーリは出会った子どもを観察し、「なぜそうするのか」疑問を持ち、その科学者としての優れた知性をフルに働かせて研究に取り組みました。そして、生理学や生物学などの知識を元にその根拠を明らかにしていきました。その中で子どもの敏感期に見合った環境の場として整えられていったのが、モンテッソーリの作った子どもの家でした。
モンテッソーリ教育の場では、子どもの敏感期にあわせて環境を準備します。その分野は、「日常生活の練習」「感覚教育」「言語教育」「算数教育」「文化教育」に分かれています。この5分野は、それぞれ子どもの「運動の敏感期」「感覚(五感)の敏感期」「言葉・文字の敏感期」「数に対する敏感期」「文化に対する敏感期」に対応したものを体系化したものです。
どれも、幼児期という子どもが自ら育とうとしている時期に、それを助けるべく見合った環境を整えるという立場から生まれました。
その中で、基本となっているのは
① 子どもを観察し「なぜそんなことをするのかしら」と疑問をもつ。
② 子どもが必要としている行動を安心してできるような環境を整える。
③ その活動を、子どもが理解して一人でもできるように、やり方をわかり
やすく示す。
という考え方です。
この環境の中で、子どもたちは自分の興味に沿ってひとりでいろんなことができるように成長していきました。
モンテッソーリ女史の発見は、私たちにも追体験することができます。環境を整えることによって、子どもの可能性を広げていくことができるのです。
投稿者 wow : 18:15
2003年11月20日
第2回 「運動の敏感期」について ~子どもの困った行動、それは「敏感期」の現れかもしれません~
幼児期と呼ばれる6歳ころまでの時期、子どもには、抑えがたいほど強い感受性が現れます。これを「敏感期」と呼び、引き起こされた行動はおとながびっくりするほどの集中力をもち、没頭するほどの強いエネルギーを秘めています。
お子さんとの生活の中で、何か静かだなあと思ったら子ども部屋の一番下の引き出しから洋服を全部引っ張り出していたとか、台所で下の棚からタッパーを取り出してふたを開けるのに夢中になっていたとかいう経験はありませんか。
これは、お子さんが自分にとってもっとも必要なものを環境の中に見つけて、エネルギーを燃え上がらせ関わり始めた姿なのです。もっとも必要なものが洋服?タッパー? いえいえそうではありません。ここで言うもっとも必要なものとは「動き」です。手や腕を使ってものを引っ張る動き、あるいは指先を使ってものを開ける動きがしたいという内面からの欲求の現れ、すなわち「運動の敏感期」が訪れた姿なのです。
この場合の「運動」には、寝返りやハイハイ、立つ、歩く、走る、などの体全体を使った大きな動きから、わざと縁石の上を歩きたがるとか重いものを運びたがるといったバランスが必要とされる少し高度な動きまで、さまざまな「運動」が含まれます。また引き出しを開けるなどの手や腕を使う動きや、糸屑をつまんだり隙間に物を詰め込んだりする指先の細かい動きも、幼児期に子どもが好んで行う「運動」です。
子どもは、その脳の発達に伴って階段を一段一段上っていくように動きを習得していきます。動きに関わる必要なものを環境の中から選び取ってそれぞれの機能を充分に発達させていくのです。親の都合とはおかまいなしに動き回ったり、歩きたがったりする背景には、実は「運動の敏感期」という自然の法則が存在しています。
子育てをしているお母さん、お父さんは、このような乳幼児期特有の行動や感受性をふまえて、お子さんを観察してみてください。この時期の不思議な行動の意味を理解し見守る、さらには観察によって、この敏感期に対応する環境、子どもが集中して活動に没頭できる環境を作るというのが、モンテッソーリの考え方です。子どもの「敏感期」に気づいたお母さん、お父さんはきっとそれまでより子育てが楽しくなるのではないでしょうか。
投稿者 wow : 18:18
2003年10月20日
第1回 モンテッソーリ教育について ~こどもの才能は「敏感期」に決まります。~ それを発見するのは、お母さんのすぐれた観察力です。
6歳までの幼児期は、子どもにとって自分を形成する最も大切な時期に当たります。この時期の子供には、特有の行動や興味が現れます。
子どもが誕生してから2歳頃までの様子を思い出してみてください。生まれたばかりの頃、眠って起きてお乳を飲んでうんちをするだけの繰り返しだった子が、手足をバタバタさせるようになる。指をはじめとしてあらゆるものをしゃぶるようになり、声を出して笑うようになって周りや人の顔をじっとみつめたりするようになる。
誰も教えないのに必死になって寝返りを打とうとする時期がしばらく続いた後、ひょっこり寝返りを打つようになる。おすわりも油断するとひっくり返るほど不安定だったのが、座っていられる時間がどんどん延びていき、連続寝返りやほふく前進とあわせて部屋の中を一人で移動するようになる。
さあ、こうなるともう目が離せません。電気のコードを引っ張ったり、ティッシュを全部引っ張り出してしまったり、いつのまにかキッチンまで来て包丁の入っている扉をあけてしまったり・・・といった嵐のような日々を思い出す方も、今まさに真っ最中という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
日常生活の中で、大人の都合にはおかまいなしに突き進むこの時期の子どもは、いったいどこへ向かおうとしているのでしょう。
子どもは、自分が生まれてきたこの世界がどんなところなのか、どんなものでできているのか、どんな法則で成り立っているのか知ろうと、全力でこの世界に関わっていきます。そしてからだの発達と相伴って、子どもは自分でできることを次々に増やしていきます。すなわち周りの環境を取り込みながら自分を構築していくのです。
では、大切な時期にある子どもたちに、大人はどのように関わっていけばよいのでしょうか。その鍵はモンテッソーリの考え方の中にあるといえます。
モンテッソーリ教育を知るうえで、この時期の子どもがもっている爆発的なエネルギーの存在と、子どもが環境を吸収しながら自立への道を歩んでいることをまず知っておいていただきたいと思います。
投稿者 wow : 18:20

